モラ夫は、三白眼で睨みつけておきながら、妻が「怖い、怒っているの?と質問しようものなら、「怒って、な、い、だ、ろ」と怒る。
「どういうことだ!」と怒鳴っておきながら、妻が「怒鳴らないで、お願い」と懇願しようものなら、「地声が大きいだけだ」と開き直る。
自分のミスには寛大で、すぐに忘れてしまう。他方、妻のミスは、執拗に非難する。
妻をネチネチとイジメているにもかかわらず、それを否定し、自分は尊重されていない、妻のモラハラ被害を受けている、自分こそ被害者と言い張る。
自分が怒りながら、「お前が俺を怒らせる」
自分で不貞しながら、「お前が俺に浮気させる」
自分で風俗に通いながら、「お前のせいで、俺は風俗に行かされた」
などと言い張る。
なぜ、このようなことが起きるのか。日本の男性たちは、女性の犠牲のもと、甘やかされ、支配者として振る舞ううちに、認知が歪み始める。その歪みが累積すると、あらゆることを自分に都合よく解釈するようになる。ここまできたら、もはや「モラ脳」と呼ぶしかない。
妻が離婚を決意して別居し、離婚を決意して、弁護士からモラ夫に連絡すると、かなりの割合のモラ夫が、「妻と直接話したい」「(自分と妻が)話せばわかる」と言い張る。
「前日まで夫婦仲はよかった」「まだやり直せる」などと主張する。妻が離婚意思を示したことが認められず、自分が直接言えば、妻が従うと信じているのである。ことここに及んでも、「勝手に出て行ったことは許してやる」とあくまで上から目線でしか語れないモラ夫も多い。
妻から離婚調停が申し立てられ、調停委員からも「奥さんの離婚意思は固いですよ」とダメ押しされると、一部のモラ夫は、一転して「改めるべきところは、改める」「反省するべきは、反省する」などと、余りにも遅すぎる謝罪を始める。
私が代理人弁護士として、「何を反省し、改めるのか」と訊くと、モラ夫たちは、反省するべき点は、(妻から)具体的に指摘して欲しい、真摯に検討するなどと言い始める。
すなわち、反省する、改めるなどと言いながら、具体的中身がないのである。自省などせず、改めるべき点を相手方に提示させるなどの甘え切った考えを公の場で平然と言ってのけるのである。
このような「反省」は、心からの反省ではあり得ない。「離婚騒動」を終結させるための言い逃れに過ぎない。しかし、これは、決して稀なものではなく、モラ夫たちとの離婚案件で、しばしば遭遇する、ごくありふれた風景なのである。