4割超の人が最低賃金水準で働く現実。最賃はもはや家計補助賃金ではない

「正社員は最低賃金と無関係」は誤り

 青年ユニオンの組合員であり埼玉県で美容師として働く金島さん(仮名)は勤続4年目の男性正社員だが、給与は額面で月22~23万円程度。月23万円だとしても、その中には24時間分の残業と2日の休日出勤が含まれており、月給を時給換算すると950円未満となる。埼玉県の現在の最低賃金は898円であり、最低賃金付近労働者であるといえる。  金島さんは現在パートナーと同居中だが、パートナーも同様の給与水準の正社員であり、最低賃金が彼ら彼女らの生計を支えているのは明白だ。  最低賃金制度自体はもちろん月給制の正社員にも適用される。月給を実労働時間で割って時給換算したものが最低賃金を下回っていれば最低賃金法違反となる。しかし従来、「常識」的には、正社員は年功賃金と長期雇用が保障され、最低賃金には影響されないほど高水準の賃金をもらっていると考えられてきた。しかしこの間、金島さんのように最低賃金付近で働く正社員は増加している。

出所:就業構造基本調査より作成

 図表3は、30代前半の男性正社員の所得分布であるが、1997年の段階では400-499万円のところに最も多くの労働者が集中しているのに対して、2012年には300-399万円にピークが移動しており、また200-249万円にも小さな山ができている。全体として左側に分布が大きく移動していることが分かる。  その結果、最低賃金付近の正社員が増加している。正社員の中で、東京の最低賃金3割増し水準以下の賃金で働いている労働者の割合は、2007年には5.7%であったが、2017年には17.8%と3倍以上となっている(後藤、同上、18頁)。正社員のうち6人に1人以上が最低賃金付近の賃金で働いているのである。こうした最低賃金付近正社員は、最低賃金の大幅な引き上げに応じて賃金が引きあがる可能性が高い。最低賃金は正社員と無関係であるとは到底言えない状況が広がっているのだ。

「非正規労働者=家計補助的労働者」は誤り

 青年ユニオンの組合員である黒田さん(仮名)は、一人暮らしの30代女性だ。契約社員として最低賃金水準の時給をもらいながらフルタイムで働くが、それだけで生活を送ることは困難であり、他に2つの仕事を掛け持ちしていた。トリプルワークをしていたことになる。  結果として超長時間労働となり、ある日突然布団から起き上がることができなくなった。病院にかかると精神疾患にかかっていると診断された。  黒田さんは非正規労働者であるが、誰かに養われながら家計の補助のためだけに働く「家計補助非正規労働者」ではなく、生計の主たる担い手である「世帯主非正規労働者」だ。しかし、最低賃金が「家計補助賃金」として生計費以下に抑制されているため、黒島さんはトリプルワークをしないと生活費を捻出できず、その結果としての超長時間労働が黒島さんの身体・精神に大きな負担を強いたのである。

出典:後藤、前掲書、22頁より

 その多くが最低賃金付近で働いていると思われる非正規労働者は90年代後半から激増しており、現在では4割弱の労働者が非正規労働者である。それに伴い、非正規労働者のなかで「主婦パート」はもはや少数派となっている。  図表4は、学生アルバイトを除いた非正規労働者のうち、有配偶女性(「主婦パート」と考えられてきた労働者層)とそれ以外(無配偶女性+男性)の推移を見たものである。1997年には有配偶女性非正規が636万人でありそれ以外の非正規が596万人であったが、2017年には有配偶女性は940万人であるのに対し、それ以外の非正規は1012万人と有配偶女性の非正規労働者とそれ以外の非正規労働者の数が逆転している。非正規労働者の多くが最低賃金付近で働いていると考えられるが、その非正規労働者の多数派はもはや「夫に養われている主婦パート」ではないのである。  さらに付言すれば、正社員の低賃金化と非正規労働者の激増は、いわゆる「主婦パート」や学生アルバイトなど従来の「家計補助労働」の家計における位置づけを著しく高め、家計にとって欠かせない収入源となっているケースは増えている。もはや「家計補助労働」ではなく、労働者の家計の大きな部分を支えるものであると認識すべきだろう。  したがって、(1)最低賃金付近正社員の増加、(2)家計補助型でない非正規労働者の増加によって、「最低賃金=家計補助賃金」という位置づけは何重にも現実と合致しなくなっているのである。
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