春画から考える令和時代の性教育

現代の日本よりも性におおらかだった江戸時代

喜多川歌麿「歌まくら」(私蔵)の一部

 前出の芸術かポルノかの議論に話を戻すと、春画は確かに性器の描写が誇張されており、性器には全てモザイク規制がかかる現代日本の感覚だと猥褻に当たるのかもしれない。  しかし、実際に上記の喜多川歌麿作の「歌まくら」と言う作品を見ていただきたい。  愛し合う男女がお互いを抱擁し、とても幸せそうな笑みを浮かべて行為に及んでいる。ここには西洋哲学的な、タブーと結びつくエロティシズムは存在しない。  そもそも先に紹介した通り、江戸時代の日本では春画は「笑い絵」「枕絵」と呼ばれていた。人々が仲間同士で笑いながら楽しむものとして、時には性教育のテキストとして嫁入り道具に持たせるものでもあった。また、天明の大火事の後に、月岡雪鼎の描いた春画を所蔵していた蔵だけは助かったと言う逸話から、雪鼎の春画は火事避けになると言うことで「お守り」としての需要もあった。  無論、春画が実際にどう言う理由で、どのような人々の間で特に需要が高かったか、などの目的はよくわかっておらず、それはこれからの研究課題である。しかし、今の時点で言えることは、春画が娯楽のために使われようと、教育のために使われようと、あるいはマスターベションのために使われていようと、江戸における性的な価値観というものは現代日本より遥かにおおらかであったし、それは我々現代人も学ぶところが多いはずだ。  大英博物館の春画展に訪れた観客の中には子連れの女性もおり、子供達と春画とその説明文を読みながら、とても和やかな雰囲気で終始賑わっていた、とのこと。  イギリスの女性ジャーナリストの多くは、いわゆる西洋のポルノグラフィ的な女性の客体化ではない、男女の和やかな性行為が描かれているという点で春画を絶賛していた。

性をタブーとして扱う近代日本

 では、2013年のイギリスでの春画展に対する日本の反応はどうか。  悲しいことに、2013年の春画展のオープニング・レセプションには、それが日英交流記念のものであるに関わらず、在英日本大使館からの出席者は一人だったそう。「性だけが強調されるのでは」という懸念があった。  春画展のキュレーターを務めた大英博物館アジア局日本部長のティム・クラーク氏は日本での巡回展を強く希望していたが、その道のりは簡単ではなかった。  日本大手の博物館・美術館は、難色を示した。その理由は、博物館・美術館は教育的な側面が大きいため、子供の教育として春画は適切ではない、また、苦情を受けるのでは、と判断したためだ。実際、2015年には東京・文京区の永青文庫で、2016年には京都の細美美術館で春画展が開催されたが、18歳未満は入場不可として近隣の警察署の確認作業を要した、とのこと。  最近では、2019年に東京・渋谷区の松濤美術館で「女・おんな・オンナ~浮世絵にみる女のくらし」展の中で春画が数点、展示されていたが、それも展示の最後の方にポツリと18歳未満立ち入り禁止コーナーが設けられた、という具合だ。  そもそも春画は日本では19世紀の西洋化の流れでタブー視され、特に日露戦争以降、近代化の名の下で日本の性風俗は規制されていった。つまり、日本における近代化とは西洋的(キリスト教的)価値観を輸入し、いかに西洋列強と同等に並ぶか、ということだったのではないだろうか。  その中で春画は忘れ去られ、皮肉なことに現代日本では自国の文化を受け入れる受け皿がなくなっていたのだ。  老若男女楽しめるはずの春画がこのように未だこのようにデリケートな扱いを受けることは、まさに現代日本の性に対する価値観を反映している。  近年、#Metoo問題、セクハラ問題が女性の社会進出と共に声高に語られる中で、今一度、春画の中の性文化の価値を再考し、根本的な性教育の重要さを議論することが求められているのではないだろうか。性的な問題を隠し通し続ける教育ではなく、よりオープンな教育が求められるべきだ。性的なことは私たちの生活の中の重要な一部なのであるからこそ。 <取材・文/小高麻衣子>
ロンドン大学東洋アフリカ研究学院人類学・社会学PhD在籍。ジェンダー・メディアという視点からポルノ・スタディーズを推進し、女性の性のあり方について考える若手研究者。
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