「開発慣れ」した地元民と、リニアの影響にナーバスな大井川流域自治体
椹島の建設現場。工事の騒音が谷間に響き渡っていた
「静岡の宝だけど、みんな知らない」
以前、登山を終えた帰りに出会った静岡市内の観光関係者の一人は、この地域のことをそう表現した。最近は「オクシズ(奥静岡)」として売り出しているほど、何しろ奥深い場所だ。
静岡市の中心部から、山麓の井川地区に来るのにも2時間かかる。さらに椹島と二軒小屋のロッジを経営する東海フォレストのリムジンバスに乗りかえて、椹島まで1時間、二軒小屋まではさらに1時間がかかる。
二軒小屋から歩いて1時間ほどの西俣の工事現場。完成後は非常口になる
あまりに遠いので、登山や釣りなどの明確な目的がない人にとっては、まず足を踏み入れる機会はない。工事が本格化すれば、ここに700人の工事関係者が常駐することになる。すでに最上流の坑口予定地である西俣でも整地を終えていた。
「こんなにダムが多いと、『水が減る』といっても調整できるんじゃないでしょうか。それよりも渇水期の埃を何とかしてほしい」
井川地区で立ち寄った商店では、知事のJR東海への対応に対し、そんな感想も聞かれた。この地域では、井川地区の半数が水没した井川ダム建設をはじめ、電源開発に伴うダム建設が繰り返されてきた歴史がある。
そのため地元の人には、開発に対する一種の「慣れ」も感じられる。一方で、静岡県民の6人に1人の生活用水を賄うまでになっている、大井川の利水についての影響は大問題だ。流域の地元自治体がこの点にナーバスになっているのも当然に思える。
「リニアよりエコパークのほうがメリット」と語る静岡県知事
かつて登山者がテラスから眺めた芝生広場は工事現場に
また、静岡市を中心に南アルプスの世界遺産登録を働きかけた経過もあり、現在は自然と人間の共生のモデル地域としての「ユネスコエコパーク(生物圏保存地域)」に指定されている。地元は焼き畑や在来野菜など、自然だけでなく地元本来の文化や歴史遺産を積極的にアピールしている。
川勝平太静岡県知事は、6月5日の中部圏9知事会議で、「どちらを取るかと言えばエコパーク。リニアは静岡にメリットがない」と発言している。
開発一辺倒の時代から、持続可能な地域づくりや自然との共生が時代の流れであり、もしそれらを両立させる解を見いだせないのなら、もはやそれは「時代遅れでは」、そう知事はJR東海に投げかけたように思える。
<文・写真/宗像充>