授業で「タブー」とされるトピックスは「歴史」、「宗教」、「性」
こうして毎度異文化に触れながら働く日本語教師だが、英語や他国語のスキルが必要かというと、そんなことはない。
海外から赴任してきた忙しいビジネスマンたちは効率重視になるため、英語や彼らの国の言語で授業をする「間接教授法」が使われることが多いが、前回にも紹介した通り、国内にある日本語学校のほとんどでは原則、日本語で日本語を教える「直接教授法」が用いられており、英語や外国語が話せなくても日本語を教える上では全く問題ない。
むしろ、文化や文法が似ているアジア諸国の学生からの鋭い質問にも対応できる、日本文化に対する深い知識と正しい日本語能力を持っていたほうが授業進行には断然いいのだ。
が、この「文化」においては、自国のものだけでははく、他国の文化や特徴もある程度知っておく必要がある。
というのも、教室の中の国籍は時に10か国以上にもなるため、授業内容によっては、他国から来た学生同士が衝突する恐れがあるからだ。
その中でも「タブー」とされるトピックスがある。
「歴史」、「宗教」、「性」の3つだ。
かつて筆者が籍を置いていたニューヨークの語学学校では、教師が唐突に「広島と長崎に原爆が落ちてよかったと思うか」、「娼婦は必要か」、「ニカブの使用禁止はアリかナシか」などを、日本人学生やイスラム系学生がいるクラスでディベートをさせていたことがあり、アメリカ人がどうしてディベートに強いのかを、ある意味思い知ったことがあったのだが、日本語学校では特段の意図がない限り、これらが扱われることは一切ない。
アメリカと比べると、日本語教育の現場は、日本文化特有の「和」を意識した授業づくりが行われている、といえるのかもしれない。
このように「もてなし」の文化がふんだんに盛り込まれる日本語教育の現場だが、一方で、非常勤で働く教師においては、以下のような問題点も顕著になっている。
1.男性日本語教師の不足
男性の日本語教師が少ない理由は、非常勤の給与だと家族を養うには全く不十分であることにある。
日本語を学ぶ学生にはもちろん男性もいるのだが、同性だからこそ共感できる感覚や、男性特有の話し方や仕草などを学ぶ場が必然的に少なくなっているという現状がある。
2.社会経験不足
一方で、非常勤で働く日本語教師には、グローバル思考の強い若い新卒者なども最近増え始めてきているのだが、日本語を学ぶ学生には、ゴールを「日本での就職」や「国際間ビジネス」に置いていることも多く、彼らの授業に日本のビジネスマナーや経済動向などを盛り込める「社会経験豊富な教師」が不足しがちになっている。
3.日本語教師の過酷な労働現場
日本の「もてなし文化」に沿い、世界に類を見ない高品質な授業を提供している一方、それを一手に引き受ける日本語教師の労働環境は、まさに過酷。これについては今後、追って詳しく紹介するが、授業に必要な教材を準備する時間や、先に紹介した「引継ぎ業務」などは、非常勤講師の場合無給であることが多い。
こうした「準備にかかる労働」などの問題は、日本語教師のみならず、国内の「教員」全てに共通した問題だと言えるだろう。
日本語教育を必要としている外国人の数は、外国人労働者の受け入れにより昨今急増している。
日本の経済を「言葉や文化」で支えている「陰の功労者」たちは、こうして日々多文化と向かい合い、過酷な労働環境の中でも「もてなしの心」で教壇に立っているのだ。
【橋本愛喜】
フリーライター。大学卒業間際に父親の経営する零細町工場へ入社。大型自動車免許を取得し、トラックで200社以上のモノづくりの現場へ足を運ぶ。日本語教育やセミナーを通じて得た60か国4,000人以上の外国人駐在員や留学生と交流をもつ。滞在していたニューヨークや韓国との文化的差異を元に執筆中。