大阪市の「プリペイドカードによる生活保護費支給」は官製貧困ビジネス

大阪市記者会見 10月2日、「ユニティー出発」(「出発」と書いて「たびだち」と読む)という名の生活保護受給者向け無料・定額宿泊所の運営者が脱税容疑で逮捕された。逮捕に伴い、この施設の劣悪な環境とあからさまな「生活保護費のピンハネ」を、貧困ビジネスの代表例として各メディアが報道したため、名前を記憶している読者も多いかと思う。  こうしたユニティー出発に限らず、各地で「生活保護費を一旦全額預かり受給者には申請があるときだけ手渡す」「宿泊施設を提供する見返りに行政からの生活保護費を横取りする」という貧困ビジネスが問題となっている。  注目すべきは、これら貧困ビジネスの運営者たちが口をそろえて、「生活保護受給者の自立を支援する」を大義名分として唱える点だ(ユニティー出発が「出発」とかいて「たびだち」と読ませることが象徴的である)。  「生活保護受給者は支出を管理できないので、代わりに支出を管理してあげる」「適切な金銭感覚を身につけてもらうため支出を管理する」等々を大義名分に、生活保護費を横取りし受給者の手元には結局一銭も残らない仕組みだ。  この典型的な「貧困ビジネス」のビジネスモデルとまったく同じようなことをしようとする自治体と企業が現れた。  それはなんと、大阪市と三井住友カード株式会社だ。  2014年12月26日、大阪市の橋下徹市長は定例記者会見において、「VISAプリペイドカードによる生活保護支給のモデル事業の開始」を発表した。当初は希望者のみということだが、後述するが、その先の展開を考えているとしか思えない。  三井住友カード、富士通総研、ビザ・ワールドワイド・ジャパン、NTTデータの4社が主導して事業を運営するという。  橋下市長の会見によると、この事業は、 1)「支出管理」を通し「自立支援」の一助とすることを目的とする 2) 三井住友カード株式会社と富士通総研が支払いシステムを構築する を骨子としたもので、全国初の試みとのこと。  また、NTTデータの発表資料(http://www.nttdata.com/jp/ja/news/release/2014/122600.html)によれば、このモデル事業の成否によっては全国的に展開することも視野に入れているという。  日本国憲法25条は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定している。生活保護制度は、この理念に基づき、国がすべての生活困窮者に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする制度だ。従って、生活保護制度を運営する行政が、「生活保障」のみならず「自立支援」を行うことは当然とはいえる。  しかし、この仕組みははたして、「自立支援」として機能しうるのであろうか?  今回のモデル事業は三井住友カードが発行する「VISAプリペイドカード」を利用する。プリペイドカードといえども、クレジットカード決済基盤が利用される。そのため利用場所は、クレジットカードが使える場所に限られる。つまり現状でクレジットカード決済を導入していない、地域の小さな商店などでは利用できない可能性が高い。  厚生労働省の「福祉行政報告例の概況」によると、生活保護受給者の44.2%は高齢者世帯であり、36.7%が障碍者世帯とのことだ。つまりこの「プリペイドカードによる支給」施策は、受給者の8割を占める高齢者と障碍者に「自分の足でカードの使える店まで行け。もしくは、ネットショッピングで買い物をしろ。」というものであって、「自立支援」である以前に、受給者の実態からかけ離れた利用方法を押し付けるものと言わざるを得ない。  また「自立」のためには、受給者側がいくばくかの現金を手元に作る必要がある。しかし、現金支給でないこの制度では、貯蓄とまで行かないレベルの緊急の出費を見越した一時的な現金の留保すらも許されないのである。  一時的な現金留保さえできない仕組みで、「自立を支援」などできるはずがないではないか。  受給者の支出を規制し、現金留保さえ許さないこの仕組みは、冒頭で紹介した「典型的な貧困ビジネス」と本質的になんら変わるところはない。  そして、最大の問題は生活困窮者への公的扶助として支給される公金である生活保護費に、営利企業が関与することだ。  平成25年度の大阪市の生活保護予算は約2900億円であり、そのうち現金で支給される生活扶助額は約1000億円にあたる(大阪市発表資料より)。    仮に、将来的にこの1000億円分がプリペイドカードで支給されるとすると、カード発行元である三井住友カードは、1000億円分の預託金を手にすることになる。  また、カード使用には決済手数料が発生する。仮に決済手数料が1%だとすればその額は年間10億円にものぼる。  さらにプリペイドカードには、入金のたび入金手数料が発生する。入金手数料を200円と仮定し、大阪市の生活保護受給世帯数である11万7千世帯に掛け合わせると、三井住友カードが手にする入金手数料は、毎月2300万、年額にして2億8千万円にのぼる。  つまり、三井住友カードはこのシステムを大阪市で実施するだけで、毎年1000億の預託金と13億円前後の手数料収入を得ることになるわけだ。  先に引用したNTTデータの発表資料によると、三井住友カード、富士通総研、ビザ・ワールドワイド・ジャパン、NTTデータの4社は、このビジネスモデルを「大阪市同様に全国の自治体への展開を進め」ることを視野に入れている。彼らの意図どおりこの事業が全国展開すれば、企業側が手にする金額は、膨大な金額になるだろう。  これは明確な「生活保護制度の利権化」と言えるのではないか。  このような観点からみると、今回の「プリペイドカードによる生活保護支給」の、「受給者自立支援に結びつかない」「生活保護制度を営利企業が利権化する」という姿が浮き彫りになる。  「生活保護受給者の支出を管理し自立を促す」との美辞麗句で飾られた事業ではあるが、はたして、冒頭で紹介した「ユニティー出発」に代表されるこれまでの「貧困ビジネス」と、一体どこが違うというのであろうか? 参照:大阪市の「プリペイドカードによる生活保護支給」撤回を求める署名サイト( http://chn.ge/1BdR6A1 ) <取材・文/菅野完>
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