「令和」発表の記者会見で安倍首相が行った異論の抑圧
それは読み込みすぎだ、と思う人がいるかもしれない。けれども、私はそうは思わない。内閣サイバーセキュリティセンターのアカウントの認識不足だとも思わない。「令和」への改元の機会をとらえて、異論を抑圧し同調圧力を強めていこうという政府の方針が、確かに背後にあるはずだ。根拠を示そう。
4月1日に「令和」という新元号が発表された際の安倍首相の記者会見を確認してみよう(参考:
首相官邸HP「平成31年4月1日 安倍内閣総理大臣記者会見」)。
菅官房長官による新元号発表とは別にわざわざ記者会見をひらいた安倍首相は、万葉集の文言に言及した上で、「人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つという意味が込められております」と語った。
誰がそのような意味を込めたのか、主語を曖昧にした形で。
自らが政権を担う時代を命名したわけでもないのに、安倍首相が記者会見をひらき、「込められた意味」を語るのにも違和感があるが、さらに問題なのは、そのあとの質疑応答で安倍首相が語ったこの部分だ。
”
変わるべきは変わっていかなければなりません。平成の30年間ほど、改革が叫ばれた時代はなかったと思います。
政治改革、行政改革、規制改革。抵抗勢力という言葉もありましたが、平成の時代、様々な改革がしばしば大きな議論を沸き起こしました。他方、
現在の若い世代、現役世代はそうした平成の時代を経て、
変わること、改革することをもっと柔軟に前向きに捉えていると思います。ちょうど
本日から働き方改革が本格的にスタートします。
70年ぶりの労働基準法の大改革です。
かつては何年もかけてやっと実現するレベルの改革が、近年は国民的な理解の下、着実に行われるようになってきたという印象を持っています。”(太字は筆者)
働き方改革関連法は「令和」の元号を発表したこの4月1日に施行された。
元号とは何の関係もないその法の施行に安倍首相が言及したのは、この記者会見の幹事社である産経新聞社の最初の質問に答える中において、だ。映像で確認できるように、安倍首相は原稿を読んでいる。
事前に用意された質問と答えであったことは明らかだ。
「
かつては何年もかけてやっと実現するレベルの改革が、近年は国民的な理解の下、着実に行われるようになってきたという印象を持っています」と安倍首相は語っている。具体的に名指しはしていないが、文脈的にはそれは、働き方改革関連法を指していることは明らかだ。ではそれは、
「国民的な理解の下」に成立したのか。
決してそんなことはない。
主要野党はそろって、高度プロフェッショナル制度の創設に反対し、法案からの削除を求めた。
労働者がその制度を求めているという立法事実はないことを国会審議の中で明らかにした。労働者のニーズを聞いたとされるヒアリングで、高度プロフェッショナル制度は労働時間、休憩、休日、深夜業の規制がなくなる働き方であることをちゃんと説明したのかと問うた福島みずほ議員に対し、
山越敬一労働基準局長(当時)は「いずれにいたしましても」とその質問をスルーした。
「全国過労死を考える家族の会」の方々が安倍首相に面会を求めても、政府は面会要請のFAXを官邸に送ったか否かも明言せず、
「このあと面会を」と求める柚木道義議員の質問に対しては、
加藤勝信厚生労働大臣(当時)が抗議の声にかき消される中で平然と別の内容の答弁を続けた。
その一連の経緯を、私は国会パブリックビューイング「第1話 働き方改革―高プロ危険編-」に解説つき映像記録として残した。
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【街頭上映用日本語字幕版】国会パブリックビューイング 第1話 働き方改革-高プロ危険編-(収録映像一覧情報あり)
また、高度プロフェッショナル制度の削除を家族会の方が求めているとの柚木議員の指摘に対し、安倍首相が高度プロフェッショナル制度を「など」の言葉の中に隠して、あたかも過労死の悲劇を二度と繰り返さないために働き方改革の法改正をするのだと言わんばかりの極めて不誠実な答弁をしたことも、国会パブリックビューイング「第2話 働き方改革―ご飯論法編―」に解説つき映像記録として残した。
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【街頭上映用日本語字幕版】国会パブリックビューイング 第2話 働き方改革-ご飯論法編-(音質改良版)(収録映像一覧情報あり)
国会議員だけではない。
労働組合のナショナルセンターである連合も全労連も、高度プロフェッショナル制度の創設には反対の声をあげていた。
新聞の社説も高度プロフェッショナル制度が長時間労働を助長し過労死を増やすことに懸念を示し、慎重な審議を求める主張を掲載していた。
テレビやラジオでも、懸念の声や反対の声は紹介された。私も論陣を張った。
にもかかわらず、安倍首相は元号「令和」発表時の記者会見で、働き方改革に向けた法改正が、「国民的な理解の下、着実に行われるようになってきた」という印象操作を行った。これは事実に反する、悪質な印象操作だ。
少なくとも高度プロフェッショナル制度については、「国民的な理解」などされていない。理解を得る努力も政府は行っていない。逆に、国民を欺く答弁、論点ずらしの答弁、時間つぶしの答弁を繰り返してきた。
この記者会見では、さりげなく「
抵抗勢力」という言葉も使われている。
「改革」に反対する者を「抵抗勢力」と名づけることによって、あたかも政府の改革に反対する者は「変わるべき」ものに固執する「抵抗勢力」のように位置づけられた。そして、「抵抗勢力」の声は小さくなり、「改革」は「国民的な理解の下、着実に行われるようになってきた」かのように印象づけた。それが今、安倍政権が行っていることであり、その安倍政権が「令和」を「beautiful harmony」と英訳したわけだ。
この記者会見における「異論の抑圧」の動きも、国会パブリックビューイングでは4月9日の新宿西口における街頭上映で取り上げた(下記の映像参照)
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「多様な働き方を選択できる社会」とは!?働き方改革関連法の4月に施行を受けて #国会パブリックビューイング 2019年4月9日
新元号の制定からしばらくは、お祝いモードが続くのだろう。けれども、その
お祝いモードの中で「同調圧力」=「異論の抑圧」の空気が作られていくことには、十分な警戒が必要だ。政府は明らかにそのような空気を作ろうとしている。
一部のメディアもそれに同調し、加担しているように見える。
小川淳也議員(立憲民主党・無所属フォーラム)は3月1日の根本厚生労働大臣不信任決議案趣旨弁明の中で、政府は良い数字ではなく悪い数字にこそ目を向けるべきで、そこにある社会の矛盾にこそ目を向けるべきであることを語った(下記映像の1時間38分54秒より)
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【字幕つき映像】3月1日衆議院本会議 根本厚生労働大臣不信任決議案趣旨弁明 小川淳也議員(立憲民主党・無所属フォーラム)#国会パブリックビューイング
”
もし、この国の総理大臣が、
「良い数字はもういいから。そこはうまくいってんだろう? 悪い数字はないのか。そこに困っている国民はいないか。そこで抱えている社会の矛盾はないか」
そう問いかける内閣総理大臣がいれば、そもそも、こんな不毛な数値論争は、起きてないじゃないですか。
表面的な言葉だけでなく、数値だけでなく、真に国民に寄り添い、国民生活を思い、国家の威信や国家の尊厳に勝るとも劣らぬ重要な国民生活への思い、民のかまどを憂う思いを、総理に求めたいと思います。”(参照:
筆者による文字起こし)
枝野幸男・立憲民主党代表は2018年7月20日の内閣不信任案趣旨弁明において、民主主義とは単純な多数決とイコールではないことを指摘し、「
少数意見を納得させようという意思もない多数決は、多数決の濫用です」と指摘した(ハーバー・ビジネス・オンライン編『枝野幸男、魂の3時間大演説 「安倍政権が不信任に足る7つの理由」』扶桑社、2018年、p.76-)。
異論を強権的に抑圧せずとも、異論は「美しい調和」を乱すものだと感じる雰囲気が広がっていけば、異論を唱える者、正当な批判を行う者の声が世の中に届かなくなる。人々も耳をふさぐようになる。それは一見、平穏な世の中のようだが、権力者にとっては都合がよい状態であり、社会的弱者の声が抑圧された状態、社会の矛盾が可視化されないまま蓄積した状態だ。そして自分は社会的弱者ではないと思っている者に危険が迫っていても、それに気づけなくなる状態だ。
そのことに私たちは警戒感を持っておかなければいけない。メディアにも強く問題意識を求めたい。
<文/上西充子 Twitter ID:
@mu0283>
うえにしみつこ●法政大学キャリアデザイン学部教授。共著に『就職活動から一人前の組織人まで』(同友館)、『大学生のためのアルバイト・就活トラブルQ&A』(旬報社)など。働き方改革関連法案について活発な発言を行い、「
国会パブリックビューイング」代表として、国会審議を可視化する活動を行っている。『
緊急出版! 枝野幸男、魂の3時間大演説 「安倍政権が不信任に足る7つの理由」』の解説、脚注を執筆。間もなく、新刊『
呪いの言葉の解きかた』(晶文社)が刊行される