実質賃金が上がらないのだから暮らしが良くなるわけはない
しかし残念ながら、「なるほど、いいね!」とはなりません。
「どれだけ真面目に働いても暮らしがよくならないという」状態が改善されていないためです。なぜでしょうか。
アベノミクスは、そのうたい文句とは裏腹に、
「労働条件の悪化が続いて、働いて暮らしている人びとの元気がなくなっていく、これこそが日本経済の停滞の原因」とは考えていないためです。アベノミクスは、
停滞の原因を「デフレ」(物価が持続的に下落すること)に求めます。これが
第1の誤りです。そして、
「大胆な金融政策」で「デフレからの脱却」ができると考えてしまったこと。これが第2の誤り。そして、この6年間、
がんばって「大胆な金融政策」を継続してきたことのツケがたまってきたこと。これは
政府の過失であるとともに、
国民の誤算ともいえます。
「生活が良くなると実感できる」かは、
給料で見るのが一番単純です。図(賃金指数と消費者物価指数の推移)を見てください。
賃金指数と消費者物価指数の推移©2019 Tsuyoshi YUKI(厚生労働省「毎月勤労統計調査」、総務省「消費者物価指数」から筆者作成)(賃金指数は、事業所規模5人以上〔全産業〕、現金給与総額のデータを用いた)
実際に支払われた金額が増えたかどうかは、名目賃金指数で分かります。アベノミクス実施の2013年を起点に見てください。名目賃金はじわじわと上がっています。それなのに、どうして「残念」なのでしょうか。それは
実質賃金が低調だからです。実質賃金指数は、実際に支払われた金額で、買えるモノの量が増えたか減ったかを示しています。金額が増えていても、それ以上にモノの値段が上がれば買えるモノの量は減ります。
アベノミクスは消費者物価を引き上げることも目指しているので、
見た目の給料が増えていても、思ったほど豊かにならない、ときには貧しくすらなっているという状況に陥ります。
2013年~14年の物価上昇期には実質賃金が顕著に減少しています。
その後の2016年~18年に実質賃金が大きく低下することなく低位に留まっているのは、アベノミクスがうまくいかず、物価が上がっていないためです。いわば
敵失点のようなものです。
『やわらか成長戦略』のような政府広報では、
名目賃金の上昇を強調し、実質賃金の低下や停滞に触れない、という見せ方をしています。これが最近発覚した
統計の不正とあいまって、
アベノミクスの成果を偽装しているのではないかと疑われる一因となっています。実際、現在発表されている賃金統計の再集計値では、
2018年の賃金指数が元の数値よりも低下しています。
「アベノミクスはうまくいったのか?」というと、
うまくいったとはいえません。なぜなら、
アベノミクスの主要な目標が達成できなかったからです。GDPは規模でみても、成長率でみても、未達成です。消費者物価の上昇率も未達成。なにより、働いて暮らす人びとの生活に結びつかなかったことは、6年間の政策の空虚さを物語っています。
なぜこのような結果になってしまったのでしょうか。さらに突っ込んだ話は次回以降になりますが、それはアベノミクスが理屈で間違っているからです。
いまの政府は、選挙の度に
アベノミクスをやると「こんなにいいことがあるよ」という華やかなメニューを見せて、うまくいかなくても「自分たちはこんなにがんばりました」といって済ませるところがあります。国民も「きっとがんばってくれたんだろうな」と温かい目で見ているようですが、タダでできる政策はありません。子どもが運動会で一生懸命走るのとは訳が違い、私たちの税金をがんばって使っているのです。今後、アベノミクスのツケ、社会的に負担しなければならない費用が問題になってきたときに、
「こんなはずじゃなかった」、「こんな話は聞いていない」とならないようにしたいものです。
<文/結城剛志(ゆうきつよし)>
埼玉大学大学院人文社会科学研究科・准教授。専門は貨幣論。著書に『
労働証券論の歴史的位相:貨幣と市場をめぐるヴィジョン』(日本評論社)などがある。