新婚2か月足らずで入管に収容、引き裂かれたクルド人男性と日本人妻

夫のため、妻は嘆願書に100人分のサインを集める

 1人残されたAさんは、少しでも早く解放してもらうために、入管に仮放免の申請書を提出しようとした。ところが6階の受付で「彼は退去強制令書が出ているので、受け取るわけにはね……本当は帰ってほしいんですよ」と書類の受け取りを拒否されそうになり、愕然とした。  そう言われても、Aさんは夫のために「はい、そうですね」と諦めるわけにはいかなかった。泣きながら夫の解放を訴え、なんとか申請書を受け取ってもらうことになった。  この件だけでもAさんは大きく消耗してしまったが、夫の解放のために無我夢中で動いた。友人たちから嘆願書に100人分のサインをしてもらい、父親からは「自分はマズルムさんを責任もって預かる」という誓約書を書いてもらい入管に提出した。

マズルムさんは収容施設の中で静かに耐えている

 面会の受付は平日の15時までなので、Aさんは保育士の仕事を何度か同僚に代わってもらって面会に向かった。しかしそれが続いたことで、2019年4月をもって職場を退職させられることになる。この現実はAさんをさらに苦しめている。長年勤めた幼稚園では、もうすぐで学年主任に昇格するところだった。Aさんの今までの仕事への努力は水泡に帰すこととなった。  Aさんはこう訴える。 「収容されて苦しむのは彼だけじゃない。その家族も痛みを背負うことになります。私たちは、新婚生活をまったく味わうことができませんでした。マズルムは収容されて10kg近く痩せてしまい、見た目がずいぶん変わってしまいました。苦しくて、泣かない日はありません。どうか、彼を人として、人間性を見てあげてほしい」  マズルムさんは筆者との面会で「今まで生きてきて、良いことなんて何もなかった」と語ったが、その後に「ただ一つ、妻との出会い以外は……」と続けた。彼は今も収容施設の不衛生で劣悪な環境の中で、職員に逆らうことなくじっと静かに耐え続けている。  運命の人と出会ってやっと掴めた幸せが、腕をすり抜けていった。この若い男女に、平穏で幸福な日々が訪れるのはいつの日だろうか。 <文/織田朝日>
おだあさひ●Twitter ID:@freeasahi。外国人支援団体「編む夢企画」主宰。著書に『となりの難民――日本が認めない99%の人たちのSOS』(旬報社)など。入管収容所の実態をマンガで描いた『ある日の入管』(扶桑社)を2月28日に上梓。
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