囁かれる冒頭解散説。野党は「消費税撤廃」を旗印にせよ<菅野完氏>
新年早々、安倍首相が1月28日招集予定の通常国会冒頭で衆議院の解散に踏み切るのではないかという情報が流れている。
これを受けて、1月22日に発売する『月刊日本』2月号では、巻頭特集として「冒頭解散を撃て!」と題した特集を企画。亀井静香氏、中村慶一郎氏、平野貞夫氏らが論考を寄せている。
今回、当サイトでは、その特集の中から、本サイトでもお馴染みの菅野完氏の論考を転載し、紹介したい。
伏見に籠る秀吉の命脈がつきようとしていることは、早くから諸将に知れ渡っていたという。思えば秀吉ほど悲惨な晩年を迎えた人物もいまい。死の床に伏す彼をよそに、誰しも彼の死を待ち望み、彼の死と同時に始まる新時代に向けた準備を進めている。そして誰しも新時代を自分に有利にするため、彼の死を人一倍悲しんで見せる必要があった。もはや秀吉の命は秀吉一人のものではないのだ。
「太閤殿下、いよいよ御危篤」の報が流れたその日の晩、伏見の城下はいつも以上に静まり返っていたという。秀吉の死が政変を引き起こし、いずれは合戦を生むであろうことは子供にもわかる理屈だ。誰しもじっと息を飲んで、伏見城内に異変がないか聞き耳をたてていた。咳一つ聞こえない。
その時。静寂を破って城下に馬蹄の音が響き渡った。馬のいななき。蹄の音。ただ事ではない。方々の武家屋敷からは「すわ合戦ぞ!」と男どもがおどり出る。だが武者たちの向かった先は伏見城ではない。みなくちぐちに「家康殿をお守りせよ」「徳川右府に忠勤を励め!」と徳川屋敷を警護しはじめたのだ。
しかし、よくよく調べてみれば何の事も無い。城下に鳴り響いた馬蹄の音は、近在の神社の神事につかう馬が、ふとした拍子に逃げ出したものに過ぎぬという。事態を把握した諸将はそれぞれ自分の屋敷に引き上げていく。
この光景を見て、石田三成と島左近の主従は「人の世の怖さ」を思い知らされた。なにせ、居並ぶ諸将の中で、伏見城に駆け上り「太閤様をお守りせよ! 秀頼様をお守りせよ!」と叫んだものが、誰一人いなかったのだから……。
――この「伏見の暴れ馬」の寓話、司馬遼太郎の小説や講談・漫画など娯楽作品の類いではよく目にするものの、史実かどうかは定かではない。だが、平成31年の正月の永田町を眺めていて、真っ先に頭に浮かんだのはこの寓話だった。
「通常国会冒頭での解散」との風説がほうぼうで囁きはじめられたのは、手元の記録によると12月中旬のことだった。あの時は、だれしもがこの風説を一笑に伏していた。常識的には考えられない。なにせ消費税増税のための緩和措置を予算に盛り込まなければならない。公明党が必死になって要求するこれらの予算措置を無碍にすることなどできるはずもないではないか。予算の前に選挙を入れるなどありうるはずがない。あの時はみな、「常識的」な判断から冒頭解散の風説を笑い飛ばしていたのだ。
しかし年の瀬になると、この光景が一変する。日露交渉の行き詰まり、米国株相場の乱高下の影響を受けた日経平均の暴落などなど…。「北方領土問題は、二島返還でまとめたい」「経済情勢を鑑みるに消費税増税を再延期したい」と、首相目線から見れば有権者の判断を仰げる(あくまでも「仰げる」であって「仰ぐべき」ではない)、「新しい判断」の材料が揃い出したのだ。年末年始、議員が国元に帰った後、東京に残る秘書やスタッフたちの集まりに顔を出すたび、誰かが「こりゃ、選挙かもな」と囁く姿が観察された。興味深かったのは、与野党問わず誰しもが言外に「そんな選挙、誰も望んでいないよ……」とのニュアンスを含ませていたことだろう。
年があけて、1月8日火曜日。この日私の携帯は夜半になって鳴り止むことがなかった。「ほんとなら今日、東京に戻るはずの××議員が帰ってきていない。どうやら選挙対策らしい」「×××先生の戻りは明後日になるそうだ」と、聞きもしないのに電話をかけてくる。
私はここで「選挙になるとみな私に電話をかけてくる」などと誇りたいのではない。むしろその正反対。「私ごときのところにまで、『なにか動向を知らないか?』『こんなことがあったぞ』との一報を入れる人が出るほどに、あの晩は極度に緊張した人々がいた」と言いたいのだ。普段の彼らならば無視し足蹴にする私のような木っ端ライターのところにまで、探りの電話が入るのだから、関係各位はよほど緊張しきっていたに違いない。
そして1月8日を境にして、野党方面からは、離党や自民党入りを模索する噂など、またぞろ離合集散の話が次々と出てくるようになる。安倍政権に対抗する政権構想どころの話ではない。はるかそれ以前の「次の選挙での自分の生き残り」レベルの話ばかりを気にする野党議員たちの醜い姿が観察されるようになった。ちょうど、あの日の伏見城下のように。
通常国会冒頭で解散か
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『月刊日本2019年2月号』 特集1【冒頭解散を撃て】 特集2【トランプに捻じ曲げられた防衛大綱】 特集3【平成の光と影】 新春特別対談【世襲政治を打破する】 新春特別寄稿【女川原発を津波被害から救った男 平井弥之助に学ぶ】 新春特別レポート【子宮頸がんワクチン、日本撤退へ】 |
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