危険運転はなぜ起きるのか? ドライバーを増長させる、クルマの3つの特性

橋本愛喜
「トラックドライバーが一般ドライバーに知っておいてほしい“トラックの裏事情”」をテーマに紹介している本シリーズ。前回は「ハンドルを握ると人が変わるドライバーの特徴」を紹介したが、今回は、「危険運転を誘発するクルマの特性」を、元トラックドライバーの観点から考察してみたい。  筆者は長年、トラックの高い目線から「隣の運転事情」を見てきたが、中でも特に多く目にしてきたのが、危険運転の光景だった。  どうして危険運転は発生するのか。  これまでに紹介した、「煽(あお)る・煽られるドライバーの特徴」や、「ハンドルを握ると人が変わるドライバーの特徴」などでは、危険運転をしてしまうクルマの「中身」の「人」にフォーカスを当てて紹介してきた。  だが、生身の人間が人ごみを歩いている際は、煽り行為などがほとんど起きないことを考えると、危険運転をする人を生み出すそもそもの原因が、「外身」である「クルマ」にあることが分かってくる。  危険運転を誘発するクルマの特性。それには、以下の3つが挙げられる。 1.ドライバー同士を遠ざける遮断性  クルマに乗ると、生身の人間同士では容易な「目配せ」や「声掛け」、「動作」など、感情を細かく表現できるコミュニケーションが極端に取りにくくなる。 「運転ミスを謝りたい時」や、「前のクルマに何か知らせたい時」がいい例だ。  生身の人間同士の場合、例えば、ぶつかりそうになった際に、申し訳なさいっぱいのトーンで「ごめんなさい」と謝ったり、列の前に並んでいる人に小声でそっと「前、進みましたよ」と優しく教えたりするなど、意思とともに「感情」も同時に伝えることができるが、「クルマ対クルマ」という「走る鉄の塊」同士の場合だと、その距離感や遮断性によって意思を伝えられる手段が非常に少なくなり、「感情」も上手く伝わらなくなる。  こうして「今のは自分が悪い」と思っても、とっさに謝る術がなく仕方なくスルーしたり、「青信号ですよ」と教えたいがために前方車両にクラクションを鳴らしたりすることで相手を怒らせ、結果的に危険運転を引き起こすケースも少なくない。 「中身」がどんなに謝ろうが、どんなに怒ろうが、「外身」の表情は変わらない。こうした意思疎通が失敗した瞬間に遭遇する度、筆者は「各クルマに拡声器が付いていたら」とバカバカしくも思うのだ。 2.平等心理をもたらす単純な操作性  クルマはアクセルを踏めば進み、ブレーキを踏めば止まる。免許さえ取得した人ならば、クルマはそれらを踏む人間を選ばない。  それゆえ、道路を走るクルマの中身は、老若男女、運転の上手下手と、実に多種多様で、中にはもちろん、日常生活において自足での移動に苦労する「後期高齢者」や「身体障がい者」といった「生活弱者」も存在する。  一般的に、健常者と比べると身体能力が比較的低いため、クルマに乗っても「運転弱者」になりやすい生活弱者。  一方、一般ドライバーの中には、普段はこうした弱者を目の前にすると優しくできるのに、いざクルマに乗り込むと、彼らの存在を邪魔者扱いしてしまう人がいる。  クルマという強い存在に乗り込み、タイヤ並べて他車と同じ道路を走っていると、「クルマはハンドルを握ればみな平等」という捻じ曲がった心理が生じ、無意識のうちに自分と同等の運転スキルや運転環境を周囲に求めてしまうのだ。  ノロノロ運転しているクルマにイライラし、幅寄せしながら追い抜いた際、そのクルマの中身が高齢者だと気付いても、罪悪感を抱くどころか、「やっぱり年寄りか」と吐き捨てて行くドライバーは、まさにこれだ。
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個人が瞬時に特定されにくい「匿名性」も危険運転を助長
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