「型なし」の国会を「型通り」にしか報じぬメディア。このままでは「国の型」が崩壊する

菅野完
kokkai

写真/時事通信社

「型なし」の国会。「型通り」のメディア。行きつく先は……

 どんな仕事にも「型」というものがある。  その仕事の世界に入って真っ先に覚えなければいけないのは「型」だ。その後、「型通り」の仕事ができるようになって初めてなんとか一人前と認めてもらえるようになる。  しかしどの世界にも、自ら恃(たの)むところすこぶる厚いタイプの人間がいて、そういう人間は、自分の才能を過信し好き勝手な仕事をしてしまう。そうなるともうそれは「型なし」だ。  一方、どんな世界にもいる名人・上手と呼ばれる人たちは、型の重要性を認識しながら、型通りの仕事をやりつつ、時に、自分の個性や狙いを抑制的に表に出す。型通りの仕事の隙間からじわっと滲み出た独自性をみて人はその仕事を「型破り」と評価する。  故・中村勘三郎丈がそんな話をしていたと、サラリーマン時代に上司から教えてもらってからというもの、どの分野のどんな人の仕事でも、この視点から観察する癖がついてしまった。この尺度は便利で、自分が知らない全く異分野の仕事でも、その分野の他の仕事と比べて、仕事の優劣を簡便に判断できる。  この臨時国会では、「日本の姿を変える」と言っても過言ではないような重要な法案がいくつも可決されている。例えば改正入管難民法案や水道民営化法案がそれだ。  改正入管難民法案の審議は審議とさえ呼べない。なにせ、政府側は「詳細は可決してから政令等で決めるので、とにかく可決してくれ」としか言わないのだから。水道民営化法もそう。いかに先進各国で水道民営化が破綻し、ここ数年は再公営化される事例が増えていると野党が指摘しても政府は聞く耳をもたない。
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一方のメディアは型通り
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