カルロス・ゴーン報道に垣間見える「昭和」の呪縛 「サラリーマン文化時評」#6

“昭和の家族”的会社への回帰

 今にして思うと、『明日があるさ』が提供した希望とは、<古きよき昭和>の残像だった。高度経済成長期の大ヒット曲を流し、吉本「ファミリー」を総動員して家族主義的な温かい会社を描き、濃密な職縁関係を肯定して、昭和の活力を蘇らせようとする復活の儀式。それは‘00年代半ばに『三丁目の夕日』を中心としてブームとなる、懐古主義的な昭和リバイバルの嚆矢だったともいえる。  ‘00年の年末に放映された記念碑的長尺バージョンは、そのことを顕著に表していた。東京オリンピック、東海道新幹線開通、鉄腕アトム、美空ひばりといった高度経済成長期の記録映像と、現代の働く人々の映像が、混ざり合うようにコラージュされて、坂本九が歌う『明日があるさ』の原曲が合唱される。我々は、明日を見ているつもりで過去を見ていたのだ。  『明日があるさ』キャンペーンは、3年目に差しかかる頃にマイナーチェンジが行われている。主役の浜ちゃんと吉本ファミリーは一部継続して起用されたものの、浜ちゃんが退社して立ち上げたベンチャー会社が舞台となり、主題歌は和田アキ子が歌う『トゥモロー』(ミュージカル『アニー』の主題歌)に替わった。  同じコンセプトの広告ではあっても、そこにはもう高度経済成長期のエッセンスは残っていなかった。その結果、このキャンペーンは急速に支持を失い、ほどなくして幕を閉じることになる。  老舗企業を卒業してベンチャーを立ち上げるという行動力こそ、本来『明日があるさ』であり、そうした変化を恐れなかった浜ちゃんを、我々は受け入れなければいけなかったのかもしれない。しかし、世間は変化よりも、家族的な老舗企業で温かく戯れ続ける浜ちゃんを求めていたのだろう。そしてそれこそが、ゴーンが経営者として否定したものだった。  キャンペーンが終わったあとも、日本は失われた10年の延長ラウンドに突入し、社会的な階層化と分断化が進んでいく。今にして思えば『明日があるさ』は、日本人が横並びでひとつの夢を見られた最後の光景だったのかもしれない。希望を失いかけていた日本人が、職業や年齢の格差の垣根を越えて、夜明けを信じることができたような気が、たしかにしていたのだ。
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黒船への恐怖は終わりを告げる
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