内戦下のシリアを訪れたNGO事務局長が見た現状。「我々に何ができるのか」

10年前も今も変わらず、純粋に子どもたちを助けようとする人々がいる

廃墟が広がる

ダマスカス郊外・ハラスタの小児がん病院へ行く途中車窓より。廃墟がひろがっている

 そこから4㎞程北上すると、周りには破壊された建物が続く。ハラスタという地域に入ると、病院があった。迫撃砲や銃弾の痕が壁には残るが、建物は無事だった。この病院は「ベイルーニ病院」といい、小児がんの病棟がある。2006年にがんの支援を専門に行うNPO「BASMA」ができ、アサド大統領夫人は積極的に資金集めなどに協力してきた。  これに対してアメリカは1980年代から、イスラエルに対して強硬な姿勢を貫くアサド政権に「テロリスト(つまりはパレスチナ)支援国家」というレッテルを張って経済制裁を行ってきた。  イラク戦争後、社会主義体制で産油国でもないシリアに100万人ほどのイラク難民が流れ込んだ。シリアでは、イラク難民のがんの子どもたちも無料で治療を受けることができた。BASMAが、病院にない薬を調達して患者へ届けていたのだ。 「シリアにも金持ちがいる。アスマ大統領夫人が呼びかけてパーティをやれば一晩で800万円は集めることができる」と、BASMAの当時の事務局は語っていた。  イスラム教徒は喜捨が義務づけられている。国家が徴税をしてお金を集めるよりは、NGOが金持ちから直接吸い上げたお金で子どもたちの命を助けていた。しかし内戦が始まると、アスマ大統領夫人の批判とともにBASMAそのものも「残忍な独裁者のプロパガンダ」と揶揄された。
BASMAの運営する小児がん病棟

BASMAの運営する小児がん病棟

 そのBASMAを、約10年ぶりに訪ねてみた。 「私たちは、たとえ内戦がひどくなろうと治療をやめたことはありません。さすがに今年に入っての4か月は、この付近が空爆されて戦闘が激化したので、場所をダマスカスの中心部に移しました。しかし、7月には戻ってきました」とBASMAのスタッフは言う。 「戦時下でも逃げずに子どもたちの治療を続けてくれた医者は、私たちにとってヒーローなのです」  おそらく10年前も今も、彼らは純粋に子どもたちの命を助けようとしているだけだった。
カフェで働く子供

カフェで働く子ども

 シリアの人々はみな、戦いにはうんざりしているということが感じ取れた。シリアは勝ち組と負け組に分かれている。内戦を乗り越えて、両者が「WIN-WIN」の関係になれるような取り組みが必要だ。これからシリアにどうかかわっていけばよいのか、我々なりに考えてみたい。 <取材・文・撮影/佐藤真紀(日本イラク医療支援ネットワーク「JIM-NET」)> ※JIM-NETでは11月23日(金・祝)17:00~19:30に、専修大学神田キャンパス(東京・神田神保町)でシリア情勢に関するイベントを開催する。9月にシリアを訪問した佐藤真紀・青山弘之・小泉尊聖の3名が現地レポートをしてディスカッションを行う。安田純平氏もビデオメッセージで登場予定。 詳細はhttps://www.jim-net.org/2018/11/13/3646/
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