好みの突然変異を促すリアル販売員の接客コミュニケーション
次に感情認識アプリと商品売買との関係を考えてみます。
各商品に対する私たちの感情変化と購入履歴とが紐づくことで、感情認識アプリが搭載された接客AIは、私たちが欲しいと感じる、または購入する可能性の高い商品を私たちに教えてくれるでしょう。自分の好みの商品が他にもあることや新発売されることを教えてくれるのは、必ずしも喜ばしいことではありません。
自分の趣向に合う商品だけを目にし続ける、好みの商品だけを買い続ける、ここには驚きも価値観を広げてくれる要素も、自己発見もありません。嫌いだと思っていた食べ物が調理法や素材が変わることで美味しく食べられた。趣味ではない本を試しに読んでみたら意外にハマった。今まで選んだことのないような服を着てみたら、意外に似合い、「良いね」と友人に褒められた。そんな体験が誰しもあると思います。
こうした偶然性が積極的に起こり得るのは、リアル販売員による接客の場です。販売員はお客さんの好みを察してそれに沿った商品を勧めるのが通常ですが、あえて冒険を促してくれる場合があります。
お客さんにとっての冒険的な商品はお客さんの心に驚きや意外性を引き起こします。試しに使ってみて気に入れば、価値観が広がるでしょう。「自分はこういうものも好きになれるんだ」という自己発見にもつながります。
メーカーにとってみればお客さんの商品選択の幅が広がることになります。こうした、いわば突然変異的な好みの変化は、販売員個々の発想やセンス、そしてときにお節介とお客さんとのやり取りという相互作用の中で生じるものだと思われます。
どんなにオンラインショッピングが流行っても、いかに感情認識アプリが好みがピッタリの商品を提案してくれても、私たちは驚きや偶然の発見を求めてリアル店舗に足を運び、リアル販売員との対話を求めるでしょう。こうした欲求に答えるべく、販売員らは、AIに出来ないコミュニケーションというものを考え、コミュニケーションスキルを向上させ続ける必要があるでしょう。
感情認識AIが進歩するほど、リアルなコミュニケーションとの向き合い方も深化させていく必要があるのです。
【清水建二】
株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役・防衛省講師。1982年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でメディア論やコミュニケーション論を学ぶ。学際情報学修士。日本国内にいる数少ない認定FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持している。20歳のときに巻き込まれた狂言誘拐事件をきっかけにウソや人の心の中に関心を持つ。現在、公官庁や企業で研修やコンサルタント活動を精力的に行っている。また、ニュースやバラエティー番組で政治家や芸能人の心理分析をしたり、刑事ドラマ(「科捜研の女 シーズン16」)の監修をしたりと、メディア出演の実績も多数ある。著書に『
ビジネスに効く 表情のつくり方』(イースト・プレス)、『
「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』(フォレスト出版)、『
0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』(飛鳥新社)がある。