事態を重く見たスペイン政府はロブレス国防相の独断的な決定が理由でサウジとの円滑な関係にひびが入ることを恐れて、政府報道官は「政府はまだ最終の決定をしていない」と述べて、事態を和らげようとした。
結果、9月5日に外交ルートを通してサウジから友好的な解決に至りたいという通達がスペイン政府に届いた。ただ、その為には、ロブレス国防相を解任することという条件をつけてきた。スペイン政府としては、その要求を受け入れる意向はないが、それを押し通すとコルベット艦の受注もキャンセルして来る可能性があった。
そこで、ベテラン政治家ボレイル外相は早速サルスエラ宮殿にフェリペ6世国王に事態の解決を要請。スペイン王家はサウード王家とは親密な関係をもっており、フェリペ6世とサルマン皇太子も親交が深い。フェリペ国王はサルマン皇太子と早速電話会談をしたという。それと併行して、政府は前国王ファン・カルロス1世にもこの解決に協力を求めたという。そこで、ファン・カルロス1世はサルマン国王と同様に電話会談をしたそうだ。
電話会談を経て、スペイン政府の400個の爆弾は発送するがロブレス国防相の解任はできないという意向をサウジ政府は理解したようで、その交換条件として今度はロブレス国防相が自ら在スペインのサウジ大使マンソール・アル・サウードに直接会って事情説明をするように要望して来た。
9月6日、ロブレス国防相は早速フェルナンド・バレンスエラ外務次官とフェリックス・ロルダン中央情報局局長を同伴してサウード大使と会談を持った。この会談で、国防相は「スペインの第3国への武器の輸出法を尊重し、その条項を照査している段階である」と大使に伝えたという。更に「如何なる場合もそれを破棄或いは無効にはならない」と説明したという。サウード大使は彼女の説明に理解を示しその内容を受け入れたという。
9月7日、サウジ政府はコルベット艦の契約は継続されると回答があった。
この様な経緯があって、両政府間の摩擦は解消されたが、サウジ政府は敢えて今回の高速列車の開通式にはスペイン政府閣僚を誰も招待しなかったのである。
肝心の高速鉄道のほうも、「開通」して、2つの聖地メッカとメディナが結ばれたと言っても、まだまだ問題は山積みだ。
来年9月まで平常運転は行われず、運行は火、木、金、土の4日間だけで、最大速度は200キロまで。しかも、途中停車駅はジェッダ駅とアブドラ国王だけで空港駅はまだ完成していない。また、全行程に配備する安全装置システムや標識などの設置が完了するまで300キロでの走行は来年まで待たねばならない。(参照:「
La Vanguardia」
スペイン国営鉄道RENFEは運行開始から12年間のメインテナンスとオペレーションを担う契約になっているが、その負担が大幅な赤字になることを懸念している。というのは、チケットの売上の一部を配当として受け取ることになっているが、その基準になっていたのは年間の利用客数が当初6000万人という予測なのである。ところが、現在2000万人と大幅に下方修正されているのである。RENFEは6000万人のチケット売上から受け取る配当を見込んで12年間の維持費をそこから充てるとしていたのが、当初の予測から3分の1まで利用客が減少するとなるとRENFEの自己負担が巨額になると推測されているのである。(参照:「
El Mundo」
サウジでの高速列車の建設は「スペイン」という国家ブランドを広く知ら示す絶好の機会だとされていた。しかし、当初から問題の連続で、最初はサウジと中国のジョイント企業による線路を敷く土台の完成が大幅に遅れた為に、スペイン企業12社が参加したこの建設工事の開始が大幅に遅れたこと。その次に大きな問題となったのが線路に溜まる砂漠の砂の問題。一方、その間原油価格の大幅な下落でサウジ政府に財政危機が訪れ、スペイン企業への工事期間中に予定されていた支払いの遅延など。その上、スペイン12社同士の間で工事の工程における責任追及問題からチームワークに乱れも生じた。
一方、スペイン企業は関与していない駅舎の建設もサウジの大手ゼネコンの倒産で一部の駅の完成が遅れている。結局、建設開始から完成まで7年の歳月を掛けねばならなくなくなっての開通式であった。しかし、450キロの全行程が時速300キロで走行するまでまだ1年を待たねばならないという。
当初フランスと受注を争ったスペインであったが、仮にフランスが受注していれば同じように問題を抱えていたことであろう。
<文/白石和幸>
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営する生活。バレンシアには領事館がないため、緊急時などはバルセロナの日本総領事館の代理業務もこなす。