だから強制力が必要となるわけだが、ではこの強制力をどのようにすれば持つことができたのだろうか？ 「コンドーム100％使用を徹底するには、売春宿の経営者を説得しなければなりません。しかし、普通に呼び出しても呼び出しに応じるはずがありません」 ――私が経営者なら、一医者・一役人のあなたに呼び出されても無視するでしょうね。 「だから警察の力を借りる必要があるのです。警察が圧力をかければ、否でも応でも出てくるしかありません。ここで問題になるのは、ではどうすれば警察が協力してくれるのか、ですよね。警察官が言うことを聞く相手は誰ですか？ 県知事でしょう。ですから私は県知事の説得にかかります」 ――県知事が話を聞いてくれない場合は？ 「簡単ですよ。県知事が話を聞く相手を説得するのです。つまり首相とか、中央政府の大臣クラスですよね。目的を本当に達成したいなら権威を巧みに使いこなさなければなりません」 　Dr.ウィワットは、100％コンドームの意義を説明するために、よく「パラダイス・アイランド」の比喩を用いるのだという。 　この海の向こうに、世界一人気のリゾート島、“パラダイス・アイランド”があるとしましょう。この島に行くには、船に乗るしかありません。船に乗るということは、沈没や座礁の可能性も否定しきれませんから、当然ライフジャケットの使用を徹底したいところです。そんなとき、一般国民全体にライフジャケット着用を訴えたほうがいいか、船舶会社の社長に周知徹底するのと、どちらがいいですか？」 ――それは船舶会社の社長でしょう？ 「その通り。一般国民に話しても、そんなのは関係ないと興味を示してもらえないですから単なる徒労に終わる可能性が高いわけです。一方で、船舶会社の社長の数は少ないですし、ライフジャケット着用が文字通りの死活問題になるわけですから、必ず言うことを聞いてくれます。そして絶対数が少ないので説得する手間も少ない。少ないところに持っているエネルギーを一点集中させるのが影響力を行使する秘訣です。そして、影響力を手にするためには政治力をためらいなく使うことです」 　こうしてタイは名誉回復を果たし、エイズ拡散は劇的に小さくなったのである。 【タカ大丸】 　ジャーナリスト、TVリポーター、英語同時通訳・スペイン語通訳者。ニューヨーク州立大学ポツダム校とテル・アヴィヴ大学で政治学を専攻。’10年10月のチリ鉱山落盤事故作業員救出の際にはスペイン語通訳として民放各局から依頼が殺到。2015年3月発売の『ジョコビッチの生まれ変わる食事』（三五館）は12万部を突破。最新の訳書に「ナダル・ノート すべては訓練次第」（東邦出版）。 　雑誌「月刊VOICE」「プレジデント」などで執筆するほか、テレビ朝日「たけしのTVタックル」「たけしの超常現象Xファイル」TBS「水曜日のダウンタウン」などテレビ出演も多数。