過去の東京五輪にもあった! 便乗ビジネスの数々

 東京五輪まで2年を切り、ボランティアの募集も開始。一方、さまざまな人々がひと儲けを狙い、着々と“準備”を進めている。しかし、五輪でいかに儲けるか――それは昔から常に商売人たちの頭をひねらせるテーマだった…

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過去の東京五輪にも存在した便乗ビジネス

 幻に消えた’40年の東京五輪もそうだ。歴史学者の濱田浩一郎氏は言う。

「’40年大会を前に『オリンピック東京大会:三億円の金が落ちる、何をして儲けるか』(読売新聞社)という書籍が刊行された。外国人向けの金魚販売や記念スタンプ屋といったものや、外国の著名選手の手書きサインの転売、国立競技場に近い代々木・千駄木での地方客相手の旅館業という、今でも一考してしまいそうなアイデアが紹介されています」

 なお同大会は日中戦争の影響で中止に。しかしその後、日本初開催となった’64年の東京五輪では多くの便乗ビジネスが横行した。

「当時、ダフ屋が跋扈し開会式のチケットは最高で20倍、現在の価値にして約160万円の値がつきました」

 しかし、一方で五輪をきっかけに成長したビジネスもある。

「日本初の民間警備会社として日本警備保障(現・セコム)が誕生したり、タクシーに自動ドアが導入されたことはよく知られています。意外なところではセントラルキッチン方式と冷凍食品も広まった。選手村の料理を早く大量に作る必要があったためです」

 2年後に迫った東京五輪はビジネスマンにとっても正念場となる。

【濱田浩一郎氏】
歴史学者。姫路獨協大学講師などを歴任後、大阪観光大学観光学研究所客員研究員。著書『龍馬を斬った男 -今井信郎伝-』(アルファベータブックス)
― 東京五輪[便乗]ビジネス ―

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