「微表情を読む技術は使えない」説の誤解を説く

微表情は、失うものが大きいときや感情が強く刺激されたときにしか生じない

 微表情は1960年代に自殺願望者の顔から漏洩する一瞬の悲しみ表情から発見されました(Ekmanら, 1969)。  また近年の研究では、ウソをついている犯罪者の表情に特定の微表情が表れることが見出されています(Frankら, 1997; Frankら 2011; Matsumotoら, 2011)。  自殺願望のある患者が自殺の意図を隠し、主治医に退院許可を求めるときの感情の抑制度合い、あるいは、法を犯した犯罪者が捜査官に本心を読みとられまいとしているときの感情の抑制度合い、これらの感情の抑制度合いと感情を喚起させるような写真から湧き起こる感情の抑制度合いが、なぜ同じと言えるのでしょうか。  ここに先の研究の大きな問題点があります。  いやいやそれでも微表情の発生頻度は極めてまれな現象なのかも知れない、そんな批判もあるかも知れません。  微表情の発生頻度について言えば、先の「写真」を用いた研究に対して、Yanら(2013)による「動画」を用いた研究があります。  Yanら(2013)は、感情を喚起する上で「写真」より「動画」の方が適していると考え実験しました。  研究の結果、記録された約1,000個の表情のうち、1秒以下及び0.5秒以下の微表情は、それぞれ245個、109個観察されました。なおこの研究でも微表情は顔全体というより上半分や下半分だけに部分的に生じる傾向にあることが見出されました。  二つの研究を比べると、微表情の発生頻度は写真だと2%、動画だと10%ということです。ここから感情が刺激される程度は写真より動画の方が高く、また、おそらく動画を視聴しているという受け身の状態よりも、ウソをつくというような自らが能動的に関わっているときの方が感情は刺激されるだろうことが予測されます。  感情が強く刺激されれば、それだけ抑制することは困難になり、微表情として漏洩する頻度も高まると考えられます。  以上のように、感情が抑制される状況や感情を刺激する素材・出来事が何なのかを考慮せずに、微表情の是非や活用法を論じても全く意味はなく、微表情を誤用してしまうことにつながります。  これは微表情の科学だけに限定されたことではありませんが、「科学的」という言葉が用いられたとき、それがどんな守備範囲を持っているかを理解・想像することが、科学知見を現実世界で最大限に活用・応用する上で欠かせない視点だと思います。  科学知見の利点は「誰が論じたか」ではありません。「何が論じられたか」です。  論じている人間の社会的地位や影響は科学が扱う普遍的事実には関係ありません。そうであるからこそ科学知見は誰もが利用可能で同じ結果をもたらしてくれる、現実世界をよりよく生きるためのツールになるのだと私は信じています。 参考文献 Ekman, P., & Friesen, W. V. (1969). The repertoire of nonverbal behavior: Categories, origins, usage, and coding. Semiotica, 1, 49-98. Frank, M. G. & Ekman, P. (1997). The Ability to Detect Deceit Generalizes Across Different Types of High-Stake Lies. Journal of Personality and Social Psychology, 72(6), 1429-1439. Frank, M.G., Hurley, C.M., Kang, S., Pazian, M., & Ekman, P. (2011). Detecting deception in high stakes situation: I. The face. Manuscript under review. Matsumoto, D., Hwang, H.S., Skinner, L., & Frank, M. G. (2011). Evaluating Truthfulness and Detecting Deception: New Tools to Aid Investigators. FBI Law Enforcement Bulletin, 80, 1-8. Porter, S., & ten Brinke, L. (2008). Reading between the lies: Identifying concealed and falsified emotions in universal facial expressions. Psychological Science, 19(5), 508-514. Yan WJ, Wu Q, Liang J, Chen YH, Fu X. 2013 How Fast are the Leaked Facial Expressions: The Duration of Micro-Expressions. Journal of Nonverbal Behavior 37, 217–230. 【清水建二】 株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役・防衛省講師。1982年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でメディア論やコミュニケーション論を学ぶ。学際情報学修士。日本国内にいる数少ない認定FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持している。20歳のときに巻き込まれた狂言誘拐事件をきっかけにウソや人の心の中に関心を持つ。現在、公官庁や企業で研修やコンサルタント活動を精力的に行っている。また、ニュースやバラエティー番組で政治家や芸能人の心理分析をしたり、刑事ドラマ(「科捜研の女 シーズン16」)の監修をしたりと、メディア出演の実績も多数ある。著書に『ビジネスに効く 表情のつくり方』(イースト・プレス)、『「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』(フォレスト出版)、『0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』(飛鳥新社)がある。
株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役・防衛省講師。1982年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でメディア論やコミュニケーション論を学ぶ。学際情報学修士。日本国内にいる数少ない認定FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持している。20歳のときに巻き込まれた狂言誘拐事件をきっかけにウソや人の心の中に関心を持つ。現在、公官庁や企業で研修やコンサルタント活動を精力的に行っている。また、ニュースやバラエティー番組で政治家や芸能人の心理分析をしたり、刑事ドラマ(「科捜研の女 シーズン16・19」)の監修をしたりと、メディア出演の実績も多数ある。著書に『ビジネスに効く 表情のつくり方』(イースト・プレス)、『「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』(フォレスト出版)、『0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』(飛鳥新社)がある。
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