NAFTA再交渉で米国とほぼ「合意」したメキシコの労働者や農民の苦境は、対米貿易自由化に突き進む日本の未来の姿!?

「メキシコ経済が成長しても、労働者の賃金は上がっていない」

 もう一軒、労働者のお宅を訪ねた。7~8人の労働者やその妻たちが集まってくれていて、労働現場や暮らしについての話を聞くことができた。家の間取りは最初にお邪魔した家とほぼ同じだった。家族は6人。その家の妻がこう言った。 「この家を見てください。これが人間としての尊厳ある暮らしと言えますか? 工場は立派できれいだけれど、そこで働く労働者の住まいはこれなんです」。  労働組合を作って解雇された夫がつけ加えた。 「外国企業を招くにあたって、政府は『労働者はおとなしくて労働運動は存在しないし、ましてストなどしない』と、(企業にとって労働者対策がやりやすいことを)保証した。だから国や企業の監視が厳しく、労働者の権利侵害に反対しようとする動きを見つけると、すぐにその労働者は企業から排除される。製品の輸出が伸びてメキシコ経済が成長しても、賃金は上がらず安いままだ」  それでもここで働き暮らしているのは「ここでは仕事があるからだ」と言う。集まってくれた労働者たちは、全員メキシコ南部の農村出身だった。親たちは郷里でトウモロコシをつくっているという。「歳をとったら郷里に帰るのか」と聞くと、全員「帰らない」と答えた。 「NAFTA以後はトウモロコシ価格が低落し、農業では生活できなくなっている。帰っても仕事がない」  食えなくなった村を離れ、あるものはアメリカに密入国して不法労働者となる。あるものは国内の外国企業で、低賃金で働く。「これが“先進国”メキシコの現実です」と彼らは言った。

生活苦から、続々と国境を越えて米国を目指すメキシコ人たち

村のメイン道路に立てられた「出稼ぎ像」

村のメイン道路に立てられた「出稼ぎ像」

 メキシコの主食トウモロコシを中心とする農業地帯、メキシコ中部高原地帯を歩いた。乾燥した傾斜地が続くグアナファト州アルパセホ・エルアルド村。主産業は農業。トウモロコシとレンズマメを二毛作で作っている。  まず度肝を抜かれたのは、町のメイン道路の真ん中に置かれた大きなセメント像。険しい岩の道の頂上に男が立ち、両手を高く上げ、右手に札束を握りしめてなにやら叫んでいるように見える。下の方では赤ん坊を抱えた女が必死で岩に取りつき、横で男が支えている。  男はアメリカへの不法越境の案内人だという。「出稼ぎのモニュメントだ」とここに案内してくれた人が言った。「誰がどういうつもりで建てたのか」と聞いたが、「知らない」と言う。アメリカに渡って、ひと儲けした男。それを追って、妻が子供を連れて案内人に導かれて国境を越える。この岩の道は、アメリカへの越境を妨げるリオ・グランデの渓谷かもしれない。  この地域を訪ねたのは、農村女性たちによる小さな仕事づくりのネットワークがあると聞いたからだ。パン屋、薬草づくり、トウモロコシの粉で作る薄焼きのメキシコパンであるトルティーヤ製造などを、いくつもの女性グループや個人が手掛けている。  一体なぜ、女性たちはそんなに懸命に仕事づくりに取り組むのか。リーダーの1人、ロレナさんという40歳の女性が、「NAFTA加盟後、アメリカに出稼ぎに行く男たちが急速に増えたことが背景にある」と答えてくれた。
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NAFTAによって奪われた「食料主権」
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