経験者が語る「覚せい剤は、なぜやめられないのか」。薬物依存=病気という理解の先にあるもの

石丸元章

rebcenter-moscow/pixabay(CC0 Public Domain)

 覚せい剤をやっていれば捕まる。何度でも捕まる。いずれ運が尽きて、誰でもいつかは捕まる。それはもう残酷な喜劇としか言いようがない――。だからみんな人間が哀しくて、誰かが捕まるたびに、大声で嗤い騒ぎ出すんでしょう。

 三田佳子さんの息子の逮捕が、11年ぶり4度目――とか、甲子園出場校みたいな紹介で報道されて、やっぱり今回も、もうたいへんで。

 誰が悪い! 38歳の本人が悪い! 三田さんのコメントは? 小遣いが1日15万円!? 子供いたのか! 覚せい剤は病気だ、懲役何年だ? いや必要なのは更生施設だ……。で、大御所の清水健太郎が登場して「俺のところに来い!」と高らかに宣言したのにはひっくり返った。

 でも、その後すぐに元アイドルの飲酒ひき逃げなんかがあったりして、今はもう、当の高橋祐也という人のことなんか、みんな忘れ始めてる。それでいいんだけど。

 まあ、極端な言い方かもしれないけど、有名な誰かがドラッグで逮捕されるってことは、ほとんどのわたくし達にとって、“娯楽”とまではさすがに言わないけど、会話のネタというか、刺激的な話題というか、まあよく見積もって、“ドラッグについて考えてみるたまの機会”――ていう程度のことで。

 ところがですね、薬物使用者本人にとっての薬物問題は、「逮捕される/されない」に関わらず、日々向き合い考え続けていかなくてはならない、人生上の大大問題なわけです。

 たぶん、こうしてる今現在も、先に逮捕された裕也さん本人は、さてこれからどうすっか――? と、覚せい剤と自分の人生について考えてる、というか、考えていて欲しい。その先にしか未来はないから。考えてもどうにもならないにしても。

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覚せい剤は、なぜやめられないのか?

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