そこで私は、「恋人にしか打ち明けないレベルの深い悩み」を彼にカミングアウトすることにしました。その悩みは、ただの知り合いに話せば「重い」と言われてしまうようなものです。
「そんなに辛いことがあったんだね……気が付かなくてごめん。僕に話してくれてありがとう」
彼は神妙な口調になり、恋人(私からすれば愛人ですが)の悩みという貴重な情報を手に入れたことに満足し始めました。
「そんなに深い悩みを、僕だけに相談してくれたなんて嬉しい。ありがとう。これからは何でも言ってほしいし、僕は全て受け止めるよ。今まで、奥さんともこれほど深く本音を語り合ったことはなかった。君に出会えてすごく嬉しい」
医師である彼は、50代になるまで職業上の優しい仮面を付けて生きてきたのでしょう。奥様とのコミュニケーションにも優しさはあったでしょうが、互いに不満をぶつけ合うような激情的なやり取りはなかったようです。
つまり、煮えたぎる怒りを何時間も聴いてさしあげた時点で、彼のニーズは半分以上満たしていたということです。さらにこちらが重い悩みを打ち明けたことで、彼は「生まれて初めて、女性と深く付き合っている」という実感が得られたのですね。
こうして彼からの顧客満足度は、著しく向上いたしました。なかなか会えないことについては、不満を爆発させた自分が悪いのだと考えを改め、謝罪までしてくれたのです。
その様子は、怒り狂ってコールセンターに電話をかけてきたクレーマーが、電話口で徐々に冷静さを取り戻し、最終的には「聴いてくれてありがとう。これからもあなたの会社の製品を買い続けます」と満足気に受話器を置くまでの流れを彷彿とさせました。
愛人関係は、アイドルや、リピーターを多く抱えるBtoC企業の商品と同じ「ファンビジネス」です。
かつ、生活必需品というよりは嗜好品、贅沢品の類に入りますので、一定の顧客満足度を維持し続けなければ「今の生活には必要ないな」と、切り捨てられてしまいます。あなたが男性顧客にとって、必要不可欠な存在であり続けられるか。それはクレームの対応方法で決まるといっても過言ではありません。彼とは今も、ほどよい愛人関係を継続しております。
<文・東條才子>