アメリカとメキシコがあれほど難航していたNAFTA交渉見直しで大筋合意した背景

メキシコを「切れない」アメリカ側の事情

 一方の米国も中国との商業戦争もますます熾烈になっており、米国企業にとって安価な労働力を利用できるメキシコの存在はますます重要になっていることが米国政府への圧力となっていた。  また、11月には米議会選挙も控えており、トランプ大統領はこの合意をできるだけ早く結んで公約の一つを果たしたことを公知したいと望んでいるところだった。  この20余年の協定で米国ではメキシコとの貿易取引に600万人の雇用が依存しているという事情もある。  両国の合意に至った27日に、トランプ大統領は祝福すべくペーニャ・ニエト大統領と電話会談を持った。  電話口で、「ハロー、エンリケ、おめでとう。我々みんな一生懸命働いた。あなたはすばらしい代表団を持っている。(彼らは)今、私の隣にいてくれている」と語ったという。そこに同席していたのはルイス・ビデガライ外相とイルデアロンソ・グアハルド経済相の二人であった。(参照:「Sin Embargo」)  それに答えてペーニャ・ニエトは「テキーラで乾杯しよう」と返答したが、その瞬間トランプは少し戸惑ったようだったという。というのは彼はアルコールは口にしないからである。そこでトランプは「うまくやった。エンリケ」と答えて締めくくったという。(参照:「El Pais」)

今回合意でメキシコの労働者は喜ぶ!?

 今回の合意は16年の有効期間を持ち、6年ごとに内容の見直しが行われる。それで見解に相違が生じてもその後10年間の交渉期間を設けるとした。  また、自動車の部品調達の比率を、これまでの62.5%から70%に引き上げるとした。即ち、メキシコで生産される車の部品の70%は米国で生産されたものを使用するということである。当初トランプはそれを80%にまで引き上げることを要求していた。  そして両国の労賃の差を縮小させるべく、生産工程の40%-45%を労賃が最低16ドル(1776円)の工場で生産すると規定した。この業界において、メキシコでの労賃は平均して5.21ドル(578円)で、部品メーカーとなると労賃は更に安くなる。一方の米国だと21.68ドル(2406円)となっているという。  メキシコは世界でも労働コストは最も低い国のひとつである。今回の合意によって、メキシコの他の業界を含め労賃が昇給に向かう流れが生まれて来るはずである。  メキシコのこれまでの政策は競争力をつけるために労賃を低く抑えるような方向にあった。しかも、労働組合が存在してはいるが、実質的には存在していないかのように企業に癒着して本来の労働者の味方になっていないこともこれまで労賃が安く維持されていた要因になっている。  今回の両国の合意が意味するものは、その分生産コストが上昇することを意味し、それを負担するのは最終的には米国の消費者ということになる。(参照:「El Pais」)  また、今回の合意に関連して、メキシコの鉄鋼業界では、米国が現在設定している鉄鋼25%、アルミ10%と輸入関税を米国が全廃することを要求している。(参照:「El Pais」)
次のページ
貿易赤字解消は別要因!?
1
2
3
バナー 日本を壊した安倍政権
新着記事

ハーバービジネスオンライン編集部からのお知らせ

政治・経済

コロナ禍でむしろ沁みる「全員悪人」の祭典。映画『ジェントルメン』の魅力

カルチャー・スポーツ

頻発する「検索汚染」とキーワードによる検索の限界

社会

ロンドン再封鎖16週目。最終回・英国社会は「新たな段階」に。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

国際

仮想通貨は“仮想”な存在なのか? 拡大する現実世界への影響

政治・経済

漫画『進撃の巨人』で政治のエッセンスを。 良質なエンターテイメントは「政治離れ」の処方箋

カルチャー・スポーツ

上司の「応援」なんて部下には響かない!? 今すぐ職場に導入するべきモチベーションアップの方法

社会

64bitへのWindowsの流れ。そして、32bit版Windowsの終焉

社会

再び訪れる「就職氷河期」。縁故優遇政権を終わらせるのは今

政治・経済

微表情研究の世界的権威に聞いた、AI表情分析技術の展望

社会

PDFの生みの親、チャールズ・ゲシキ氏死去。その技術と歴史を振り返る

社会

新年度で登場した「どうしてもソリが合わない同僚」と付き合う方法

社会

マンガでわかる「ウイルスの変異」ってなに?

社会

アンソニー・ホプキンスのオスカー受賞は「番狂わせ」なんかじゃない! 映画『ファーザー』のここが凄い

カルチャー・スポーツ

ネットで話題の「陰謀論チャート」を徹底解説&日本語訳してみた

社会

ロンドン再封鎖15週目。肥満やペットに現れ出したニューノーマル社会の歪み<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

社会

「ケーキの出前」に「高級ブランドのサブスク」も――コロナ禍のなか「進化」する百貨店

政治・経済

「高度外国人材」という言葉に潜む欺瞞と、日本が搾取し依存する圧倒的多数の外国人労働者の実像とは?

社会