photo by USMDA via flickr(CC BY 2.0)
近年の半島情勢の緊張激化、北朝鮮が繰り返す弾道弾実験と核実験により、現状の弾道弾防衛能力では対処不能になるのではと言う考えから、日本は、弾道弾迎撃能力の強化を検討し始めました。
昨年初めまでは、イージスMDによるミッドコース迎撃とPAC-3によるターミナルフェーズ迎撃の隙間を埋める形でターミナルフェーズでも初期段階の宇宙空間で迎撃する
THAAD(Terminal High Altitude Area Defense)の導入が検討されていました。
もともと合衆国は“幕の内弁当の松”に相当するお大尽MDセットとして
「イージスMD、THAAD、PAC-3」の提案をした経緯があります。但し、合衆国もこれら三段防空はきわめて高額になる為に余り売り込みに積極的ではなかったと伝え聞きました。そもそも、MDは、相手が核でない限り、多少の撃ち漏らしはやむを得ない面があります。
図3-1 弾道ミサイル防衛の概念図:縦軸がおおよその高度(km) 横軸が射程(km)
pp1-7, Making Sense of Ballistic Missile Defense: An Assessment of Concepts and Systems for U.S. Boost-Phase Missile Defense in Comparison to Other Alternatives, 2012, National Academy of Sciencesより引用
THAADは、PAC-3と同様に
終末段階迎撃(ターミナルフェーズ迎撃)兵器ですが、拠点防空を担当するPAC-3と異なり、
広い領域の防空を担います。PAC-3は
半径20kmの防空覆域を持ちますが、THAADは
半径200kmの防空覆域を持ちます。なお、PAC-3、THAAD共に
移動式です。これ、大切なところです。
PAC-3は、
SRBM(スカッドなど)と
MRBM(ノドンなど)を迎撃できますが、
IRBM(ムスダン:火星10など)は再突入速度が速い為に迎撃時間が短すぎることもあって、迎撃はきわめて困難です。一方で能力はPAC-2などに比してやや劣りますが、航空機の迎撃も担います。
THAADは、
MRBMと
IRBMの迎撃を担いますが、
SRBMの迎撃には基本的に使いません。SRBM迎撃はPAC-3で十分ですし、そもそも九州と中国の一部を除いて日本は射程に入っていません。また、火星10などのIRBMによる
ロフテッド軌道攻撃(※通常よりも角度を上げて高く打ち上た軌道でなされる攻撃)に対しても大気圏外で迎撃できることから迎撃時間を多くとれ、迎撃に成功する可能性があります。なお、ロフテッド軌道を取ると飛翔時間が30分程度とたいへんに長くなるため、迎撃側は軌道解析や住民保護に時間を確保することが出来ます。一方でTHAADは航空機迎撃には使えません。
THAADは、たいへんに高価な兵器で、日本全体を防衛するためには、PAC-3とはケタ違いの
5000億円以上のお金がかかります。合衆国からこの手の兵器を導入すると、費用は言い値で上がるのが常ですから、
悪くすれば1兆円近くは覚悟する必要が有るかもしれません。
THAADは、PAC-3とことなり実戦証明がありませんが、合衆国系MD兵器の中では実験回数が多く、成功率も高い為に
兵器としての信頼性は高いと考えてよいです。
兵器と言うハードウェアによる安全を得る為に、5000億円とも1兆円ともするお金を使うか否かは、市民の判断に拠ります。この金額がどれ程のものかと言えば、日本にある1.1GWe(電気出力110万キロワット)の
原子力発電所が一基3500~4000億円で建設されていますので、1兆円ですと
既存の大型原子炉2基半に相当します。天然ガス火力発電所なら
660MWe級が20基近く建設できます。たいへんな金額で、民生用に回せば雇用に生産に消費に価値創造に多いに寄与でき、富を産みます。一方で、THAADに投じれば、そのお金はそこでおしまいですが、一方で世界でも稀な三段弾道弾防空態勢ができ上がります。どちらを選択するかは、
市民の判断に拠ります。
THAADは、日本に先行して
韓国に配備されました。THAADがもつXバンドレーダーは、探知距離が1000kmと長く、先行して配備された韓国では
中国との外交関係が悪化しています。
ロシアも強い懸念を示しています。中露にとっては、自国領内を覗き見される訳です。このレーダーは、
前方展開早期警戒レーダーとして合衆国の防空網に接続されますので、中露にとっては一方的に大陸間弾道弾(ICBM)の迎撃能力を強化される訳ですから、
対抗措置をとる訳です。ここ、非常に大切なところです。
軍備と言うものは、外交と直結しますし、相互主義の関係にありますので、一方が増備すれば相手は必ず対抗措置をとります。外交無き軍備拡張はあり得ません。いずれにせよ、最終判断者は主権者である市民です。