その後、配備予定地が秋田市と萩市ということが伝えられ、すぐに「ミートボール」が二つに増えました。
図1-2 イージス・アショア導入報道で乱立した誤りの例2(赤丸が有効迎撃範囲を示す)中心は 秋田市と萩市 迎撃半径1800km
凄いです。SM-3 BlockIIAの最大射程は2500kmということになり、迎撃半径は1800km前後と言う事になってしまいました。
東アジア全域が迎撃覆域にはいり、もはや「アジアの平和は日本が守る」です。
もちろん、これらは
根本的に誤っています。自衛隊のMDを担当する幹部は、さぞや困った事でしょう。日本から見れば鉄壁の防衛ですが、
ロシア、中国、北朝鮮、韓国、台湾、フィリピンにとっては領域侵犯(侵略行為)の予告にも見えかねません。そもそも完全に事実と異なります。
本稿では、
弾道弾防衛(MD)について簡単な解説をした上でイージス・アショアの
日本配備の真の意味を探ります。
弾道弾防衛は、降ってくる弾道弾を着弾前に撃破し、無能力化する事が目的です。
音速の21~24倍で落下してくる核弾頭を迎撃するのですからたいへんな事です。
【表2-1 弾道ミサイルの種類】防衛省 弾道ミサイル防衛 平成20年3月より引用
当初、合衆国もソ連邦も
核弾頭付き高加速ミサイルの二段迎撃を開発しました。
合衆国は、高空用のスパルタン(LIM-49A 到達高度 560km 核出力 5Mt)と低空用のスプリント(到達高度30km 低核出力・放射線強化弾頭)の二段構えでセーフガードシステムと言う弾道弾迎撃システムを組み、弾道弾迎撃ミサイル制限条約(ABM条約)に従い2か所に配備される予定でしたが、核ミサイル基地防衛の為に配備された翌日に議会で廃止が決まり、廃棄されました。
自国領内と高層大気中で核を使えば自国が
放射性降下物と
電磁パルス(EMP)で破滅してしまいますから当然です。
一方ソ連邦は、モスクワと核ミサイル基地の2か所に同様なABM基地を配備し、改良を続け、二段防衛を完成していたとされます。もちろんすべて核弾頭装備で、使えば放射性降下物とEMPでたいへんな事になります。
ABM条約は、ABMによって
相互確証破壊(MAD= Mutual Assured Destruction:やったらそちらも壊滅だ)戦略が破綻し、むしろ全面核戦争が生じやすくなると言う理由で締結されたもので、簡単に言えば、首都と核ミサイル基地1か所の合計2か所だけにABMの配備を認めると言うものです。
合衆国は自国のMD配備の為に2002年にABM条約を脱退しました。合衆国は、
SDI構想の当時は、レーザ兵器や粒子ビーム兵器はミサイルではないのでABM条約に抵触しないと言うアクロバット論法を使っていましたが、結局MDはミサイルによって行われる事となり、ロシアによる批判をかわす事が出来なくなったのです。
1983年に
SDIをレーガン政権が打ち上げ、スターウォーズ計画と報じられました。TVを賑わす目玉であった光線砲や粒子ビーム砲は、研究費をバカ食いすれども全く進捗せず、計画は縮小を重ねて、結局、ミサイルはミサイルで迎撃する事になりました。まずは一番簡単な
短距離弾道弾(SRBM マッハ3~9)迎撃から始まり、これにペトリオットが充てられました。湾岸戦争では、
ペトリオットPAC-2を使いましたが、迎撃効果はきわめて低いものでした。しかし心理効果は絶大で、戦略的には大きな成果を挙げたと言えます。
なお、SDIで最大の成果を挙げたのは、
ミサイル探知、
追尾、
解析システムの開発ではなかったかと私は考えています。
余談ですがSDIが始まった当時、私は高校生で、たいへんに心酔し、防衛大学校の入試で歯が立たずに時間の余った教科の時間に、答案用紙の裏面に図表入りのミサイル防衛に関する小論文を書いたのですが、完全に諦めていたのに1次合格し、その後国分市で受けた2次試験も合格した為に、地方連絡部のおじさんが自宅に押し寄せ来ました。
元通訳憲兵だった英語私塾の老先生は、新聞に私の名前を見付けて、「陸大に合格したとですか! 私に黙って陸大を受験した。でも許す。これは最大の誉れですぞ。絶対に行かせなさい。もう大学受験はやめて良い!」と大騒ぎでした。級友は、陸戦隊に居たと言うおじいさんに知られ「海大に合格した、これは誉れだ! もう大学受験はやめて海大に行け」と大騒ぎになり、家を逃げ出していました。あれは裏面に勝手に書いた小論文が評価されたのだろうと今も思っています。SDIというと、どうしてもこの時のことを昨日のことのように思い出します。
SDIが冷戦終結とともに消え、限定的攻撃に対する
地球規模防衛構想(GPALS:ジーパルス)を経て更に縮小し、クリントン政権時に戦域ミサイル構想(TMD)へと移行しました。
この時、北朝鮮による
テポドンショックが起きたのです。結果、ABM条約に抵触する可能性の高い
国家ミサイル防衛(NMD)も並行して開始されました。
この当時、テポドンショックで大わらわとなった日本に対して、現在のイージスMD、THAAD、PAC-3による多段階ミサイル防衛の売り込みが合衆国よりなされました。当時、NHKスペシャルでかなり詳しく報じられていました。
本稿、続きます。イージスMD、THAAD、PAC-3などの現在のミサイル防衛(MD)について解説する弾道弾防衛の概要第二弾は近日公開予定です。
※図1-1、1-2ともに
地図上に好きな半径の円を描けます (Google Maps API V3版)を利用して、巷に出回っていた迎撃範囲を過大評価した図表をベースに筆者が作成
◆新連載『コロラド博士の「私はこの分野は専門外なのですが」』第1回
<文/牧田寛 Twitter ID:
@BB45_Colorado photo by
U.S. Missile Defense Agency via flickr (CC BY 2.0)>
まきた ひろし●著述家・工学博士。徳島大学助手を経て高知工科大学助教、元コロラド大学コロラドスプリングス校客員教授。勤務先大学との関係が著しく悪化し心身を痛めた後解雇。1年半の沈黙の後著述家として再起。本来の専門は、分子反応論、錯体化学、鉱物化学、ワイドギャップ半導体だが、原子力及び核、軍事については、独自に調査・取材を進めてきた。原発問題についてのメルマガを近日配信開始予定