’92年の西宮市職員への転職と、同年発行の当該論文におそらく直接的な関係はないだろう。しかし、公園整備のために受益者負担の観点から入園料を徴収するという発想そのものは、当時のトレンドにぴたりと符合する。
80年代からいまに続く日本の行政改革は一貫して「小さな政府」を志向してきた。公費支出を削り、受益者負担を増大させることで財政健全化を図るというのは杉田議員の公務員時代を通じて国および地方自治体行政の基本的な構えだ。
学生時代から公共施設維持のコストについて朧気ながら考えていたらしい杉田議員が、公務員時代に傾倒したのが、マーガレット・サッチャー元英国首相とNPM(ニューパブリックマネジメント)だったのも当然の帰結だろう。
2012年4月、2年前に公務員の職を辞し、国政選挙出馬に向けた地固めを行っていた彼女は、メリル・ストリープ主演の映画『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』を鑑賞し、その感想を
Facebookと
ブログに投稿している。
“マーガレットサッチャー、見終わりました☆実は私、かなりのNPM(ニューパブリックマネジメント)被れで、自治体職員時代からサッチャーの政策をかなり研究しました。”
“ご縁をいただき、行政評価の本を書かせていただいたり、実際にNPMの視察にイギリスまで行かせて頂く機会にも恵まれました。改めて、サッチャー改革の素晴らしさ、そしてそれをやり遂げ、見事国力を復活させたイギリスの偉大さに心から感動しました。それ以来、ずっとサッチャーさんの大ファンです。”
NPMとはサッチャー時代(1979-90年)のイギリスが新自由主義的な行政改革(民営化推進、規制緩和、福祉政策の見直しetc.)を進めた際に取り入れた考え方で、企業経営の理念や手法を公的部門に導入することで行政の効率化をはかろうとするものである。ずいぶん前からよく耳にする「民間ではありえない」という物言いの根底にあるものこそNPMの発想だ。その「NPM被れ」だったという杉田議員による「研究」の成果は、彼女自身も言うように、確かに書籍として公刊されている。
2005年に東洋経済新報社から刊行されたINPM行政評価研究会著・石原俊彦編著『自治体行政評価ケーススタディ』の巻末には、第二章「自治体行政評価の変遷―わが国先進事例の比較分析―」の著者として「西宮市健康福祉局福祉部子育て支援グループ係長」「杉田水脈」の名が挙げられている。
この論文は、自治体行政へいち早くNPMを本格導入した北川正恭知事時代の三重県など複数の自治体の事例を紹介しながら、90年代以降の日本の地方行政改革の展開を整理した概論的なもので、付記によれば杉田議員が当時参加していた勉強会やメーリングリスト等での学習成果をまとめたものらしい。それだけに先の’92年時の論文に比べて文章もこなれていて、論旨も明快だ。
同書は大部分が各地の自治体職員によって書かれている。著者名は「INPM行政評価研究会」となっているが、巻末の著者紹介では「株式会社INPM」と記されている。株式会社INPMは
株式会社アイネスが2002年に設立した関連会社のようで、NPMの観点に基づく自治体行政改革のコンサルティング業務等を行っていた。ただし2007年以降目立った活動は確認できない。なお、編者の関西学院大学教授石原俊彦氏は
同社のフェローでもあったようだ。
彼女がいかなる経緯で本書に執筆することになったのかは不明だ。しかし外来語が多用された当該論文を読む限り、この時期の杉田議員は自治体行政改革への情熱を持つ〈意識高い系〉の「カリスマ公務員」という、本稿冒頭に引いた講師紹介文のイメージそのままの人のように見える。2014年には
インタビューで、公務員時代には講演等で「全国色々な所に行っていて土日は殆ど家に居なくて」とも語っているが、現在ネット上に残る情報を拾うだけでも、以下に示すように2005年頃より精力的な活動を行っていたことがわかる。(参照:「
会いに行ける国会議員 みわちゃんねる 突撃永田町!」)
05年9月
勉強会「西宮スーパー公務員塾」を5か月間開催
05年10月23日
日本政策学生会議2005 ゲスト参加
06年3月 英国自治体への行政視察 ※石原俊彦・稲澤克祐編著『自治体職員がみたイギリス』(関西学院大学出版会、2008)に杉田議員によるロンドンのファッション事情に関するエッセイ掲載(第13章)
07年6月16日
講演「現場からの組織改革~西宮からのメッセージ~」
08年3月27日
「総合化へ向かう少子化政策」 総合的な少子化政策にかかわる職員、事業者、市民らによるリレートーク登壇者
08年9月20日
講演「ちゃいるど・ノンパ ~意識改革から行動改革へ~」
10年5月30日
講演「『次世代を育成する』ということ~公務員から次のステップへ進む、杉田さんを迎えて~」
新自由主義に傾倒するカリスマ公務員だった杉田議員は、この時点ではまだ極右的発言や左派的なものへの苛烈な憎悪は明らかになっていない。
次回、この「コストカット思考」と左派的価値観への憎悪が結びつき、現在の彼女に至るまでの後編は近日公開予定!
<文・GEISTE(Twitter ID:
@j_geiste〉>