日本サッカーの環境も「半歩前進」はしている。この20年でJリーグの育成組織、高体連や街クラブの有力チームは大半が人工芝を使って練習するようになった。これにより技術や戦術の習得がスムーズになったことは間違いない。
ただし、人工芝にはいくつか問題がある。大きな欠点は夏場の使い勝手だ。7月に群馬で開催された全日本クラブユース選手権は群馬県内で開催され、大会初日は最高気温が35度に越える中で開催された。ベスト8入りを果たしたサガン鳥栖U-18の金明輝監督が「佐賀より涼しい」とコメントしていて驚いたが、彼は「人工芝よりいいなという意味です」と真意を説明していた。
人工芝は晴天下だと熱を帯びてしまい、照り返しが起きる。晴天ならプラス5度、10度くらいの感覚だろうか。Jの育成組織は日の落ちる夕方以降に練習をすることも多いが、昼間の人工芝を使うチームはスパイクのソールから熱が伝わり、足裏が火傷状態になるという話も聞く。
中長期的には暑くない人工芝が開発されると期待しているし、最近はハイブリッド芝というソリューションもある。テクノロジーによる解決が中長期的にはあるだろう。しかしそういった高質な環境が一般に普及するのはまだ先の話だ。
暑熱が熱中症のリスクが上げることは、説明不要だ。練習の短縮などの対応は当然行われているが、心肺や筋肉に「いい負荷」をかけられなくなるし、戦術を浸透される時間も取れなくなる。
もちろん人工芝は天然芝よりも耐久性が高く、「面積当たりの稼働率」は劇的に上がる。人口密集地はピッチに割ける土地は乏しく、一般の練習場が人工芝になるのは仕方ない。お金、土地、人間はすべて有限で、背景にはシビアなやり繰りがある。そんな現実を嘆きつつも、スポーツは様々なリスクやジレンマと格闘しつつやるだけの価値があるという筆者の考えは変わらない。
ただし一観戦者の願いとして、ひとりでも多くの子に、天然芝でプレーさせてあげたい。サッカーやラグビーに限った話ではない。理想を言えば野球だって土や人工芝でなく、MLBのような天然芝でやった方がいい。
少年少女が楽しく健康にプレーできる環境の整備は、その心と身体を成長させる投資であって、強化に留まらない効果を持つ。確かに日本社会は贅沢を戒める一方で、「苦しむこと」「厳しい環境を克服すること」を是とする気風も強い。しかし大人の不作為で生まれた貧困な環境を正当化してはいけない。
現実には多くのジレンマ、トレードオフがあり、そこは大人が悩み続けるしかない。一方でアイスランドのような快適で高レベルなプレー環境を整備するという理想も、スポーツに携わる者は失わず維持していくべきだ。ビジョンが無ければ我々は行き先を見失い、時代の迷子になる。少年少女が大人になったとき、フットボールのトレンドがどうなっているかは分からない。しかし「いいピッチが必要」という原則は変わっていないはずだ。
【大島和人】
’76年生まれ。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、’10年からライター活動を開始。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる