元ラジオ局の音楽ディレクター、ジョン・ペニー氏は、フェスのチケット価格について次のように分析する。
「音楽フェスの体験はエンターテイメント、環境、その他の3つにわけることができ、この組み合わせこそが価値を決めます。エンターテイメント、つまり音楽は概ね変わっていません。音響設備やスクリーンなどは進化していますが、基本的には群衆の前で演奏することには変わりない。環境面ではフジロックと駐車場にステージを作っていた’90年代のワープドツアーのようなフェスの間には大きな違いがあります。森で開催されることがウリのオークレア、大通りを封鎖して街中で行うメイド・イン・アメリカ、豪華客船のなかで開催されるものなど、バリエーションは増え続けています。最後、その他に関しては一番変化が大きい。グルメや酒、音楽以外のパフォーマンス、いろんなチケットプラン、専用のアクセス方法などなど……。これらが価値を決めると思っています」
環境だけでなく、音楽性に特化したフェスも増え続けている。もはやフェスが開催されていないジャンルの音楽はないだろう。
「チケット価格が見合っているかは前述の要素と、どれぐらい人気があるかによります。その他の部分で言えば、コーチェラは10万円以上するようなVIPチケットを出していますが、製品=聴ける音楽はどのチケットでも同じです。フェスが大きければ、主催者の力も大きく、アーティストも大物が増え、チケットの値段も膨れ上がります」
今でこそ、富裕層のミレニアル世代が多く集まるようになった“セレブフェス”コーチェラだが、その変遷からはフェスシーン全体の変化がうかがえる。
今やグルメは立派なフェスの”出演者”となっている
「最初のコーチェラは100万ドル近く赤字を出して、当時のプロモーターからAEGへと売却されました。私は最初のコーチェラに行きましたが、当時のチケット価格は1日約50ドルとワープドツアー、オズフェスト、ロラパルーザなどと同じぐらいの値段。最初のコーチェラは現在と同じ場所で開催されましたが、その中身はまるで違います。当時あったのは音楽だけ。どのフェスもマズいハンバーガーにホットドッグ、ピザがあるだけで、庭でやるBBQ以下の質でした」
数十、数百の飲食店が立ち並び、普段は食べられないようなグルメが味わえる現在とは比べようがない状況だ。
「あれだけ多くのアーティストが観られることを考えると、当時50ドルというのは泥棒のように思えました。どのバンドもLAでは当たり前に観ることができましたが、それでも1日で観られるのはスゴいこと。しかもステージが2つしかなかったので、ほぼ全バンドを観ることができたんです」
しかし、規模が拡大するにつれて、アーティストもステージ数も増加。今では10個以上のステージがあるフェスも珍しくない。
「今は好きなバンドをすべて観るのは不可能です。日本のチケット価格は欧米とだいぶ違うので、単独公演で8000〜1万円するであろうケンドリック、ヴァンパイア・ウィークエンドに4万5000円払い、美しい山、食事、飲み物、そして外国人にとっては異文化を味わいにフジロック行くことは理解できます。しかし、今はチケット価格が下がっていますし、どのアーティストもツアーをやればLAを通るので、私にとってコーチェラは価値がありません。たしかに何もないところに住んでいたら、砂漠への旅は魅力的に思えるでしょうけど」
憧れのフェスを生で味わいたい……。そんな思いから、日本でも海外のフェスに旅する音楽好きが増えている。しかし、ペニー氏はそんな流れには懐疑的だ。
「そういった状況は危険性も孕んでいます。コーチェラに行く多くの人は、そのためにお金を貯めるので、あまりほかのライブに行きません。音楽体験を独占してしまうので、ローカルな音楽ビジネスにとっては打撃です。その一方で、これだけフェスが増えたので、揺り戻しも起きるかもしれません」
フェスが百花繚乱する現在の音楽シーン。ロック好きには夢のような時代だが、ポジティブな面だけではないのだ。
「結論を言うとフェスのチケット価格は高すぎます。本当にユニークな経験を提供してくれて、チケット価格に見合っているのは、一部の小さなフェスだけです。チケット価格はインフレとフェス人気とともに上がってきましたが、それにより一般人の手には届かなくなっていると思います」