2階にも湿気と虫は溜まっており、湿度で壁紙が剥がれ落ちるほどであるため、壁にはダンボールが貼り付けられていた。
皆で集えるキッチン周りのみが綺麗に使われていることからも、従業員は食事付きでなかなか手厚く雇われていた模様。
ところが個人個人の室内を覗いてみると、ゴミのたまり方や壁の穴などから、かなり生活が荒んでいた様子が伺える。中の一室には小動物を虐待していた痕跡までもが残されていた。
この状況について債務者に質問を投げかけてみると、従業員に対する給与の遅延や減額もやむなしの状況となってしまったため、なんとか離職を防ぐべく出来る限り食事や会話などで足止め工作を行っていたという。
ちなみに動物虐待の痕跡に関しては、鳥かごのようなものがいくつか残されていたため小動物かと思っていたが、その矛先は猫だったようだ。
債務者は「業績が落ち始めたのと落ち武者の出現時期が同じだった」と語っていたが、状況から見るに業績の悪化の方が先なのは明白だった。
だが、おそらく、霊などいないだろう。
従業員たちは給与の遅延や減額がありながらも、一応は手厚いもてなしをしてくれる債務者家族に辞表を提出しづらい状況にあり、「霊が出るから」「落ち武者の霊が」「4人も」と口裏を合わせ次々と出ていったのであろう。
よせばいいのに、そんな仮説を執行チームの一人がそのまま債務者に伝えてしまった。
すると債務者は一気に表情を曇らせ、残念そうに「そうだったんですね……」とその言葉を鵜呑みにし鬱ぎ込んでしまった。
この仕事をしていると、人の言葉を疑うことなく鵜呑みにするあまり大きく人生に躓いてしまった人々を、人の良さ故に大きく人生に躓いてしまった人々を多く見かける。
おそらく昔話のような“正直じいさんが報われる”という世界観は、それこそ落ち武者の時代に置き忘れてきてしまったのかもしれない。
それでも対峙する人の言葉に疑いの念を持たない・持てない人々は、多くの人が想像する以上にいる。
人の言葉を鵜呑みにして失敗した人たちに対し、「無知」「情弱」「自己責任」と罵るのは、騙すものへの怒りや、やるせない気持ちなど屈折した正義感の裏返しだ。
どこにも悪意はなかったはずの場所に、悪意が満ちていく。
この連鎖はいかにして断ち切ることが出来るのだろうか。いかにして未然に防げるのだろうか。
【ニポポ(from トンガリキッズ)】
ライターの傍ら、債務者の不動産を競売にかける『不動産執行』のサポートも行う。2005年トンガリキッズのメンバーとしてスーパーマリオブラザーズ楽曲をフィーチャーした「B-dash!」のスマッシュヒットで40万枚以上のセールスとプラチナディスクを受賞。また、北朝鮮やカルト教団施設などの潜入ルポ、昭和グッズ、珍品コレクションを披露するイベント、週刊誌やWeb媒体での執筆活動、動画配信でも精力的に活動中。
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