「落ち武者の霊に倒産させられた」会社。”祟り”の真の正体は……<競売事例から見える世界10>

落ち武者が出現した、やむにやまれぬ理由

 2階にも湿気と虫は溜まっており、湿度で壁紙が剥がれ落ちるほどであるため、壁にはダンボールが貼り付けられていた。  皆で集えるキッチン周りのみが綺麗に使われていることからも、従業員は食事付きでなかなか手厚く雇われていた模様。  ところが個人個人の室内を覗いてみると、ゴミのたまり方や壁の穴などから、かなり生活が荒んでいた様子が伺える。中の一室には小動物を虐待していた痕跡までもが残されていた。  この状況について債務者に質問を投げかけてみると、従業員に対する給与の遅延や減額もやむなしの状況となってしまったため、なんとか離職を防ぐべく出来る限り食事や会話などで足止め工作を行っていたという。  ちなみに動物虐待の痕跡に関しては、鳥かごのようなものがいくつか残されていたため小動物かと思っていたが、その矛先は猫だったようだ。  債務者は「業績が落ち始めたのと落ち武者の出現時期が同じだった」と語っていたが、状況から見るに業績の悪化の方が先なのは明白だった。  だが、おそらく、霊などいないだろう。  従業員たちは給与の遅延や減額がありながらも、一応は手厚いもてなしをしてくれる債務者家族に辞表を提出しづらい状況にあり、「霊が出るから」「落ち武者の霊が」「4人も」と口裏を合わせ次々と出ていったのであろう。  よせばいいのに、そんな仮説を執行チームの一人がそのまま債務者に伝えてしまった。  すると債務者は一気に表情を曇らせ、残念そうに「そうだったんですね……」とその言葉を鵜呑みにし鬱ぎ込んでしまった。  この仕事をしていると、人の言葉を疑うことなく鵜呑みにするあまり大きく人生に躓いてしまった人々を、人の良さ故に大きく人生に躓いてしまった人々を多く見かける。  おそらく昔話のような“正直じいさんが報われる”という世界観は、それこそ落ち武者の時代に置き忘れてきてしまったのかもしれない。  それでも対峙する人の言葉に疑いの念を持たない・持てない人々は、多くの人が想像する以上にいる。  人の言葉を鵜呑みにして失敗した人たちに対し、「無知」「情弱」「自己責任」と罵るのは、騙すものへの怒りや、やるせない気持ちなど屈折した正義感の裏返しだ。  どこにも悪意はなかったはずの場所に、悪意が満ちていく。  この連鎖はいかにして断ち切ることが出来るのだろうか。いかにして未然に防げるのだろうか。 【ニポポ(from トンガリキッズ)】 ライターの傍ら、債務者の不動産を競売にかける『不動産執行』のサポートも行う。2005年トンガリキッズのメンバーとしてスーパーマリオブラザーズ楽曲をフィーチャーした「B-dash!」のスマッシュヒットで40万枚以上のセールスとプラチナディスクを受賞。また、北朝鮮やカルト教団施設などの潜入ルポ、昭和グッズ、珍品コレクションを披露するイベント、週刊誌やWeb媒体での執筆活動、動画配信でも精力的に活動中。 Twitter:@tongarikids オフィシャルブログ:団塊ジュニアランド! 動画サイト:超ニポポの怪しい動画ワールド!
全国の競売情報を収集するグループ。その事例から見えてくるものをお伝えして行きます。
1
2
バナー 日本を壊した安倍政権
新着記事

ハーバービジネスオンライン編集部からのお知らせ

政治・経済

コロナ禍でむしろ沁みる「全員悪人」の祭典。映画『ジェントルメン』の魅力

カルチャー・スポーツ

頻発する「検索汚染」とキーワードによる検索の限界

社会

ロンドン再封鎖16週目。最終回・英国社会は「新たな段階」に。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

国際

仮想通貨は“仮想”な存在なのか? 拡大する現実世界への影響

政治・経済

漫画『進撃の巨人』で政治のエッセンスを。 良質なエンターテイメントは「政治離れ」の処方箋

カルチャー・スポーツ

上司の「応援」なんて部下には響かない!? 今すぐ職場に導入するべきモチベーションアップの方法

社会

64bitへのWindowsの流れ。そして、32bit版Windowsの終焉

社会

再び訪れる「就職氷河期」。縁故優遇政権を終わらせるのは今

政治・経済

微表情研究の世界的権威に聞いた、AI表情分析技術の展望

社会

PDFの生みの親、チャールズ・ゲシキ氏死去。その技術と歴史を振り返る

社会

新年度で登場した「どうしてもソリが合わない同僚」と付き合う方法

社会

マンガでわかる「ウイルスの変異」ってなに?

社会

アンソニー・ホプキンスのオスカー受賞は「番狂わせ」なんかじゃない! 映画『ファーザー』のここが凄い

カルチャー・スポーツ

ネットで話題の「陰謀論チャート」を徹底解説&日本語訳してみた

社会

ロンドン再封鎖15週目。肥満やペットに現れ出したニューノーマル社会の歪み<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

社会

「ケーキの出前」に「高級ブランドのサブスク」も――コロナ禍のなか「進化」する百貨店

政治・経済

「高度外国人材」という言葉に潜む欺瞞と、日本が搾取し依存する圧倒的多数の外国人労働者の実像とは?

社会