「ドン・キホーテ」、居抜き出店戦略の結果生まれるさまざまな外観

都市商業研究所

「居抜き出店」で店舗網を拡大するドン・キホーテ。写真の神保町靖国通り店はゴルフ用品店跡だが、2017年10月に閉店した。

 昨年11月にグループ全体で400店舗を達成した大手ディスカウントストア「ドン・キホーテ」(東京都目黒区、以下、ドンキ)。1978年に西荻窪で「泥棒市場」として創業、1989年に「ドン・キホーテ」1号店を出店した同社は近年急成長を遂げており、2020年には500店体制も視野に入れているという。

 こうした急成長の大きなカギとなっているのが「居抜き出店」だ。

「居抜き出店」とは、他の店舗が撤退した建物跡にそのまま店を構えること。店舗によっては照明、昇降機などの内装設備や一部の什器をそのまま活用するため、建物を新築するよりも安い費用で店舗を拡大できるメリットがあり、雨後のタケノコのように店舗網を拡大させているドンキの「お家芸」ともいえる。そうした居抜き店舗には、世間でよく知られるような「定番」から、これから増えそうな「新参者」、インパクトある「イロモノ」まで様々な物件が存在する。

 今回はそんな居抜きの達人の「前世」にスポットライトを当て、居抜き店舗の奥深さを探ってみよう。

「スーパー跡」に「家電量販店跡」…街でよく見かける定番物件

 ドンキの居抜き出店において「定番中の定番」といえるのが、総合スーパーや家電専門店など「量販店跡」への出店だ。

 とくに総合スーパー跡への出店拡大は、ドンキが2007年に大手スーパー「サンバード長崎屋」を傘下に収め、生鮮品・惣菜の販売や大型店運営のノウハウを獲得したことが大きな契機となった。

ドン・キホーテに買収された総合スーパー「長崎屋」。同社はドンキの大型店運営ノウハウ蓄積に大きく貢献した。店舗の多くはドンキへと改装されている(ドン・キホーテ柏店)

 総合スーパー跡への出店は、ここ3年ほどの間だけでもダイエー(立川店、綾瀬店)、イトーヨーカドー(豊橋店、姫路広畑店)、イズミヤ(八千代16号バイパス店)、ユニー(大垣インター店、伊勢上地店)各店の跡など、数をあげるとキリが無い。都内でも、長年親しまれた地場総合スーパー「ダイシン百貨店」(大田区大森)を傘下に収めメガドンキへと転換させたことが大きな話題となった。今年2月からはユニー・ファミマHD運営の総合スーパーをドンキが共同運営する「MEGAドン・キホーテUNY」の展開も開始。今後も店舗の拡大が見込まれる。

 総合スーパーは近年「業態不振」が叫ばれ閉店が相次いでいることもあり、ドンキは旧店舗跡の不動産を保有する大手総合スーパーにとってみても「救世主」となりつつある。

ドンキによる総合スーパー跡への居抜き出店例(MEGAドン・キホーテ立川店)。2014年に閉店した「ダイエー立川店」は築50年近いため当初は解体も噂されたが、ドンキによって見事に「魔改造」された

 スーパーと同じく「大型量販店」である家電専門チェーン跡への居抜き出店も少なくない。ロードサイドでしのぎを削る「ヤマダ電機」(横浜青葉台店、名四丹後通り店、豊郷店など)や「コジマ」(下館店、松原店、長崎時津店など)、「ケーズデンキ」(津桜橋店など)、「ベスト電器」(八女店)など大手各店跡をはじめ、そうした大手勢力の台頭に負けた「さくらや」(池袋東口店)、「そうご電器」(札幌店・今年4月閉店、手稲店、平岡店など)など、廃業したローカルチェーン跡への出店も多く見られる。

 AKB48劇場が入居することで知られるドンキ旗艦店・秋葉原店も、元はといえば「T-ZONE」や「ラオックス」が入居していた建物であった。

北海道最大手の家電量販店だった「そうご電器」は、廃業後に多くの店舗がドンキへと生まれ変わった(画像のドン・キホーテ札幌店は4月に閉店)


AKB48劇場が入居するドン・キホーテ秋葉原店もかつて「T-ZONE」などが出店していた建物だ

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ファッションビルから百貨店跡まで……

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