東京の居酒屋が滅亡の危機? 東京都「受動喫煙防止対策検討会」の議論の中身

 全国的な禁煙ブームの中、喫煙者は日一日と肩身が狭くなっていることだろう。近年は行政による法制化の動きも強まりつつあり、神奈川県では10年に「神奈川県公共的施設における受動喫煙防止条例」が施行され、他都道府県への波及も見られる。
居酒屋

写真はイメージです

 そうした中、東京都でも「受動喫煙防止対策検討会」なるものが設置され、来年3月までに5回にわたって、受動喫煙の問題について有識者による専門的見地から議論が行われることになっている。端的に言えば、東京都でも何がしかの条例を作り、飲食店を含めた公共施設での喫煙規制をするべきか否かを検討するということなのだが、12月10日に行われた第二回の検討会を傍聴してみた。  検討会は医師を中心とした委員で構成されているので、当然ながらタバコは健康に悪いことが大前提となっていて、ある委員からは、タバコのパッケージに記載されている注意書きには医学的に誤りがあり、「肺気腫を悪化させる危険性がある」のではなく「肺気腫の原因そのものを作る」のであるという指摘もあった。  ただ、一応は社会でどのような取り組みが行われているのか、何かしらの規制することによって、社会にどのような影響を及ぼすのかを把握するというのが、この検討会の主眼のようで、この日は「東京商工会議所」「東京都飲食業生活衛生同業組合」「東京都ホテル旅館生活衛生同業組合」「日本たばこ産業株式会社」からの意見聴取が行われていた。    とりわけ印象に残ったのが飲食業界の切実な状況だ。神奈川県の条例では飲食店は禁煙または分煙のどちらかを義務付けられているが、都内最大の飲食業組合である「東京都飲食業生活衛生同業組合」では、加盟店約1万店の7割以上が30平方メートル以下の店舗で、そうした小規模店舗では完全分煙は物理的に無理であり、禁煙にすれば固定客が離れてしまうと訴える。  彼らは神奈川県条例施工後に喫煙環境を変更した個人飲食店のうち40.8%で売上が減少したというシンクタンクの調査結果や、同様の条例が全国で施行された場合に、3年間で約4900億円の経済損失が見込まれるといった試算、あるいは、特にバーや居酒屋など飲酒を伴う店では、喫煙者がタバコを吸えないことを理由に敬遠するケースが多いというアンケート結果を示して、規制導入によって飲食店が被る打撃を説くのだが、どうも委員の胸には響いていない様子だ。

全面禁煙化でイギリスのパブカルチャーはどうなった?

 委員から「神奈川県では12年以降、具体的にどれだけ飲食店の売上が落ちたのか、客観的データは持っているのか」、「客足が遠のいたのは禁煙のせいかどうかは、追跡調査をしないと実証できないのではないか」、「飲食店で働く従業員の健康被害対策の問題もある」などと次々と突っ込まれてしどろもどろになるなど、聞いていて少し気の毒になった。  また、一人の委員から「イギリスでもパブ文化がありながら全面禁煙を実施できた。はっきりと全面禁煙にしたほうがわかりやすいのではないか」との発言があったが、実態は少し異なる。  英シンクタンクの「経済問題研究所」の報告書によれば、イギリスでは06年以降でパブが1万件閉店するなど激減しているが、その要因の一つが07年に全国的に施行された法律に伴うパブの禁煙化なのだという。その一方で、タバコが吸える「家飲み」が増加したとも報告している。つまりこれは、街の人々が集って語らうというイギリスの古き良きパブ文化を、全面禁煙化が破壊してしまったと言えるのではないか。イギリスの例を見る限り、日本の居酒屋が同じ状況に陥っても不思議ではない。ちなみにイギリスの法律の場合、屋外で吸うのは構わないので、パブの軒先にタバコの吸い殻が大量ポイ捨てされるといった新たな社会問題も報じられているそうだ。  タバコが身体に何かしらの悪影響を与える可能性は否定できないものの、受動喫煙の健康被害については正確なデータを集積することは難しく、医学的に100%解明するのはなかなか困難な問題であることも事実だ。  今回の検討会の閉会にあたり、座長も「この『受動喫煙防止対策検討会』は受動喫煙について疫学的な害を論じる場であり、科学的な見地に基づいてわからないものはわからないとしていく」と締めくくった。  昨今の禁煙運動の風潮として、受動喫煙による健康被害の問題と、タバコの匂いに対する好悪などをごっちゃにして論じられている節もある。世間には「禁煙ファシズム」の集会と見紛うような検討会やシンポジウムの存在も見聞するので、これは実に真っ当な姿勢と言えるだろう。「とにかくタバコはNO」というファナティックな論調に惑わされることなく、今後とも医学的な部分にフォーカスしながら冷静な議論を進めてもらいたい。 <取材・文/HBO取材班>
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