ところで、なぜ「怒り」感情がもっと厳しく表現されていないのでしょうか。激しい怒り感情とは、眉が中央に引き寄せられ、目が見開かれ、下まぶたに力が入れられ、歯が露出される、そしてそれぞれの筋肉の動きが強く緊張する、という表情です。
感情の機能について見方を変えて説明すると、嫌悪は不快なモノを消極的に排除したいという感情です。一方、怒りは障害を積極的に排除したいという感情です。嫌悪は回避、怒りは衝突と言い換えることも出来るでしょう。
こうした思考を重ねると仏の声なき声が聞こえてくるような気がします。
「怨霊よ、これ以上近づいてくれるな。私は衝突するつもりはない。衝突は回避したい。ただどうしても、というならその態勢はいつでも整える。いつでも怨霊を消滅させることができる。しかし、私は衝突を好まない。だから怨霊よ、これ以上近づいてくれるな」
いかがでしょうか?
FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)という現在、世界中の心理学者やアニメーター、エンジニアに利用されている表情分析の技術が確立されたのが1970年代です。
このことを考えると、表情についての科学的な見解が確立されるはるか以前に仏の想いをその表情に刻んだ仏師の想いと表現力に感服です。仏師の心に仏の心が宿った、そんなふうに思います。
表情分析を学ぶと、芸術作品や仏像を新たな視点から眺めることが出来ます。
(参考文献)
清水眞澄(2013)『
仏像の顔―形と表情をよむ』岩波書店
Rozin Paul, Lowery Laura, and Ebert Rhonda, “Varieties of disgust faces and the structure of disgust,” Journal of Personality and Social Psychology, 1994, 66(5): 870-881.
【清水建二】
株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役・防衛省講師。1982年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でメディア論やコミュニケーション論を学ぶ。学際情報学修士。日本国内にいる数少ない認定FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持している。20歳のときに巻き込まれた狂言誘拐事件をきっかけにウソや人の心の中に関心を持つ。現在、公官庁や企業で研修やコンサルタント活動を精力的に行っている。また、ニュースやバラエティー番組で政治家や芸能人の心理分析をしたり、刑事ドラマ(「科捜研の女 シーズン16」)の監修をしたりと、メディア出演の実績も多数ある。著書に『
ビジネスに効く 表情のつくり方』(イースト・プレス)、『
「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』(フォレスト出版)、『
0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』(飛鳥新社)がある。