しかし、騒動はこれで終わりではなかった。翌日、公演を行う予定のエカテリンブルクに到着。会場入りすると、何やらBEHEMOTHのメンバーやスタッフのいる楽屋が騒がしい。数十人の警察官が取り囲んでいるが、何が起きているかは伝わってこず、SURVIVE一行はサウンドチェックに向かった。
「黙々とライブの準備を進めてたけど、心の中では最悪な事態を想定してたね。今になってみれば、そのときもうBEHEMOTHのメンバーは勾留されてたんだと思う。スタッフがやってきて、直前でその日のセットを延ばせないかって頼まれたんだよ」
出演バンドが勾留され、急遽出演時間を大幅に延ばすハメに
一緒にツアーを回っていたバンドはどこかへ消えてしまい、ギリギリになってから演奏時間を大幅に延ばすことになってしまったSURVIVE。ライブは大いに盛り上がったそうだが、その日BEHEMOTHが会場に戻って来ることはなかった。
「次の日、解放されたBEHEMOTHのメンバー・ネルガルに話を聞いたら、理由は『ビザの不備』。俺たちも大丈夫かなって心配になったけど、警察に連れて行かれたのはポーランド人のメンバーとスタッフだけ。ほかには日本人の俺たちとベラルーシ人のスタッフがいたんだけど、確認すらしなかったからね。罰金もたったの6万円で、単に嫌がらせをしたかったんだなと思ったよ」
原理主義団体の抗議などのトラブルはあったにせよ、それまで普通にツアーを回っていたバンドが、突然勾留されたのはたしかに不自然だ。また、拘留中の扱いも散々だったという。
「ネルガルは『トイレを使わせてくれと頼んだら、これにしろってペットボトルを投げつけられた』って言ってたね。酷い話だよ」
一連の騒動はロシアの全国ニュースでも報道されたそう。NEMOは「俺たちまで『サタニスト(悪魔主義者)』呼ばわりされたけど、いいプロモーションになったよ」と笑い飛ばすが、ロシア当局×キリスト教原理主義団体×ブラックメタルバンドの戦いに、日本人バンドが巻き込まれていたことを知っている人は少ないだろう。
極右勢力や宗教右派による表現規制……。こう聞くと対岸の火事にも思えてしまうかもしれない。しかし、地獄のロシアツアーを経験したSURVIVEのように、海外に行った日本人が思わぬトラブルに巻き込まれることも十分ありうるのだ。表現の自由とは何か? 政治や宗教とアートのあるべき関係とは? そんなことを日頃から少しでも考えてみるべきだ。
<取材・文/林泰人 写真提供/NEMO>