美味しいものを食べているのに、悲しみの表情が出る理由とは?
そんなわけで、五郎さんは知人のいない状況で孤独にグルメを堪能しているわけですから、美味しいと思っても普通に考えれば微笑が生じるわけはないのです。しかし、五郎さんの表情からは毎回、必ず微笑が漏れ出ています。
この微笑、あまりに口にした食物が美味で、通常の味覚経験を越えた尋常ではない美味しさと嬉しさが溢れ出てきて、遺伝に組み込まれた戦略を裏切って表情に漏れ出てきてしまったもの、そんなふうに私は思います。
こうした表情が五郎さんの心の声にどのように乗せられているかは実際に『孤独のグルメ』をご覧になり、是非、確かめてみて下さい。
《味を変える(違う食事を食べる)シーン》
同じ食物をソースや塩などで最初の食べ方とは味を変えて食べるシーンがあります。このとき、眉間にしわを寄せ唇に力を入れるという食を味わう典型表情に加え、微笑+眉の内側が引き上げられる悲しみ表情が加わることがあります。
いわゆる、感極まる表情です。
この表情は人に嫉妬を抱かれないための表情と考えられています。例えば同じレベルだと思っていた同僚が自分を凌ぐ偉大なことを成し遂げたとしても、その同僚がハノ字眉毛で泣きそうな顔になって喜んでいたら、嫉妬心など吹き飛んでしまうでしょう。
実はこれも食の場面では例外的な表情で、甘味・酸味・塩味・苦味・うま味を感じても私たちの眉はハノ字眉にはならないことが知られています。
味を変えることで美味しいものがさらに美味しくなった。
食に感極まる。
表情の誤作動か?変異か?
私たちにも広く生じる進化か?
美味が誘発する感情の反乱。五郎さんの心の中の声の声、想像しています。
「こんな上手いもの食べているけど、嫉妬しないでね」
私の目からはこんなふうに『孤独のグルメ』が見えています。
【清水建二】
株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役・防衛省講師。1982年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でメディア論やコミュニケーション論を学ぶ。学際情報学修士。日本国内にいる数少ない認定FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持している。20歳のときに巻き込まれた狂言誘拐事件をきっかけにウソや人の心の中に関心を持つ。現在、公官庁や企業で研修やコンサルタント活動を精力的に行っている。また、ニュースやバラエティー番組で政治家や芸能人の心理分析をしたり、刑事ドラマ(「科捜研の女 シーズン16」)の監修をしたりと、メディア出演の実績も多数ある。著書に『
ビジネスに効く 表情のつくり方』(イースト・プレス)、『
「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』(フォレスト出版)、『
0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』(飛鳥新社)がある。