現場をずっと追っていたなら知っていた籠池理事長の「失踪」
朝日新聞が森友問題の第一報を出したのは2017年2月9日のこと。その直後から、日本中のメディアが森友学園周辺に集まり出した。学園と安倍昭恵の関係、幼稚園で行われていた異様な教育実態、ますます謎めく土地取引の疑惑、そして何よりも籠池理事長夫妻の特異なキャラクターなどなど、「メディア向け」の素材が次から次へと噴出し、一時期、森友学園本拠地である塚本幼稚園周辺はメディアスクラムが常態化し、近隣住民と報道陣の間でトラブルが発生するような有様だった。
記者たちが狙っていたものは、たった一つ。籠池泰典氏のインタビューだ。朝日新聞の第一報があった2月9日からの数日間、籠池氏は「予定が合えば、どのメディアの取材も受ける」とのスタンスだった。例えば朝日第一報の4日後の2月13日には、朝日放送と毎日放送を始めとする複数のTV局のインタビューに応じている。今も記録が残っている籠池氏と籠池氏の代理人を当時務めていた酒井康生弁護士の二人組のインタビュー映像などが撮影されたのはこの頃のこと。森友学園が購入した国有地の隣接国有地を豊中市が高額で買い取っている件に関し、酒井弁護士が「豊中市がそんなに高い値段で買ったこと自体がチョンボだと思う」と発言した「チョンボ」発言等を覚えておられる方も多かろう。
しかし突如、籠池氏はメディアの前から姿を消す。自宅を訪問しても不在。幼稚園にも出勤している様子はない。「籠池が消えた」との情報で現地の報道陣は色めきだった。籠池氏の「素材としての価値」は再度急上昇し、各社が血眼になって親族周辺を取材しだした。しかし探せども探せども、籠池氏の姿は見当たらない。数週間して豊中市の自宅に戻っている姿が確認されたが、それまでの方針とうって変わって、籠池氏は貝のように口を閉ざし、一切メディアにむけて発言することはなくなった。
その後、籠池氏の表立ったメディア露出は、「私学設置認可を自ら取り下げる」と公表した3月10日の記者会見まで待たねばならない。証人喚問以降に発揮された籠池氏の饒舌ぶりでもう忘れられてしまったが、2017年2月中旬のある時点から3月10日まで、籠池氏が徹底的にメディアを避けていたことは、あの頃、森友事件の取材を重ねていた者ならば誰しもいまだに鮮明に記憶するまぎれもない事実だ。
2017年3月15日。籠池氏は外国人記者クラブでの会見をキャンセルし、東京港区内にある私の事務所に突如来訪する。「籠池氏が来た」との事務所からの報告が届いた時、私は大阪で取材中だった。すぐさまその場で取材を中断し、東京行きの飛行機に飛び乗った。羽田から事務所へ普段は使わぬタクシーで移動。とにかく急いでいたのだ。
事務所周辺に蝟集する報道陣をかき分けて事務所玄関をあけると、籠池氏が座っている。応対しているのは私のスタッフと、スタッフ一人では荷が重かろうと「事務所に籠池氏がいるから対応してくれ」と私が移動中に電話で依頼し急遽事務所に駆けつけてくれた、扶桑社の担当編集者の二人だけ。みな黙りこくっている。部屋の中は水を打ったように静かだ。メディアスクラムの喧騒をかき分けて這々の体で部屋に戻った私には、外の喧騒と中の静寂の極端な対比が異様なものに思えた。
私の姿を認めた籠池氏は「話を聞いてもらいたい」と言い出した。だが外のメディアをなんとかしてほしいという。「あれやと、ゆっくりしゃべることもできへん」と。このもっともな申し出にこたえるために行ったのが、私が応じたあの囲みの取材だ。
あの囲みの中で私は、「籠池氏は、『財務省の佐川理財局長にいわれて、10日間ほど姿を隠していた』と言っている」とメディアの質問に答えている。囲み取材のまえに籠池氏からもらっていた証言をそのまま紹介したわけだが、この発言に強く反発した人物がいる。当時の籠池氏の代理人・酒井康生弁護士だ。
同日夜、酒井康生弁護士は、報道各社に対して「本日、菅野氏の報道各社に対する発言において、籠池理事長夫妻から聞いた話として、『財務省の佐川理財局長から「しばらく身を隠してはどうか」ということを代理人弁護士を通じて言われた』という趣旨の話があったようですが、事実誤認でありますのでその旨お伝えいたします。佐川理財局長とは面識もありませんし、話をしたこともありません。また、財務省の他の方からもそのようなことを言われたこともありません」とのファックスを送達し、「佐川理財局長からの指示で身を隠していた」との籠池証言を否定してみせた。
そしてこのファックス声明文の中で酒井弁護士は、「本日(2017年3月15日)午後4時30分に(代理人辞任)の了承を得ました」と、籠池代理人辞任したことを報道各社に伝えている。
酒井弁護士が迂闊だったのは、酒井氏の言う「2017年3月15日午後4時30分」、籠池氏の隣に、私と私のスタッフと扶桑社の担当編集が座っていたことを想起しえなかったことだろう。
我々は「2017年3月15日午後4時30分」に酒井弁護士から籠池氏にかかってきた電話の内容をつぶさに聞いている。酒井弁護士が電話で「佐川理財局長本人からの指示じゃないって言ったでしょ。佐川さんの部下のシマダさんからの指示だと言ったでしょ」と発言したのをしっかりと聞いている。繰り返すが、その発言を聞いたのは私だけではない。私のスタッフ、扶桑社編集部員も同時に聞いている。
2017年当時、財務省理財局国有財産企画課に嶋田課長補佐が在籍していたことは、財務省職員録からも確認できる事実だ。
酒井弁護士がメディアに送達したファックスの内容は、あきらかに架電内容と相違する。しかもあたかも依頼人の方が嘘をついているかのように主張する文面をメディア各社に送達するなど、酒井弁護士のやり様は、弁護士にあるまじき不誠実さというしかないだろう。さらにはテレビ中継を見ていたならば「籠池氏は菅野の事務所の中にいる」ことは誰でも理解できるはずなのに、隣に菅野とその関係者が居合わせることを想起せず大声で電話で話すなど、迂闊という他ない。酒井弁護士はなにをそんなに焦っていたのか。
ともあれ、メディア向けに公表したファックスの内容ではなく、籠池氏に対して内々に酒井弁護士が架電で伝えた内容にもとづいて考えれば、理財局は、国有財産企画課の嶋田賢和課長補佐の口から、籠池氏の代理人であった酒井弁護士に「籠池を隠せ」と命じたことになる。
理財局は籠池氏を隠したかった。ここまでは明らかだ。しかし、なぜ隠したかったのか? いつから隠そうと思ったのか? 疑問が残る。
酒井弁護士は目下、メディアからの取材アプローチをすべて断っている。近づいてきた取材者に「告訴も辞さない」と言い放つこともあるという。また、上記のように話をしても嘘をつく弁護士だ。話を聞いてもまともな答えは返ってくるまい。となるともっとも確かなソースは、籠池氏本人だということになる。しかしなにせ本人の身柄は大阪拘置所の中。しかも接見禁止処分がついており話を聞くことができない。