イーロン・マスクの「世界最強ロケット」は、いったいなにがすごいのか?

ファルコン・ヘヴィは、スペースXの主力ロケット「ファルコン9」を3機合体させるようにして造られている Image Credit: SpaceX

超大型ロケットでも、やっぱり「再使用」

 世界最強の打ち上げ能力をもつ超大型ロケットながら、価格が安い背景には、既存のロケットを合体させて造られたということと、スペースXが得意とする「ロケット再使用」がある。  同社は現在、大型の主力ロケットとして「ファルコン9」を運用しているが、ファルコン・ヘヴィはこのファルコン9を3機合体させるようにして造られている。既存のロケットを使うことで安く手軽に、超大型ロケットを実現しているのである。  また、ファルコン9は機体を逆噴射で着陸させて回収し、ふたたび打ち上げに使うことができ、これにより打ち上げコストの低減を図っている。そして当然、そのファルコン9を使うファルコン・ヘヴィでも踏襲されており、再使用によるコストダウンが図られている。  今回の初打ち上げでもさっそく再使用が行われ、ファルコン・ヘヴィを構成している3機のファルコン9のうち、2機は以前打ち上げられたことのある機体の再使用だった。さらにこの2機は、上空で分離後、見事にシンクロしながら自律的に発射台近くの着地地点まで舞い戻り、着陸に成功した。その光景はあたかもSF映画か、CGでも見ているかのようだった。  ちなみに機体を再使用する場合、打ち上げ能力は前述の最大63.8トンから下がることになる。それでも依然として、他の主力ロケットよりも高い能力を、同等かそれ以下の価格で販売できるため、ファルコン・ヘヴィの強みが失われることはない。

ファルコン・ヘヴィはファルコン9と同じく、機体の一部を着陸させ、再使用することができる Image Credit: SpaceX

ただ車を火星に向けて打ち上げただけではなかった!

 今回のファルコン・ヘヴィの初打ち上げでは、マスク氏の愛車だったテスラ・ロードスターが搭載されていたこと、そして火星の軌道にまで達するように打ち上げられたことが、一般のメディアでも話題となった。  その模様はYouTubeを通してリアルタイムで全世界に中継され、大勢の人々が青い地球と漆黒の宇宙を背景に漂う、テスラ・ロードスターの姿を眺めた。

宇宙を飛ぶテスラ・ロードスター。この映像を実現させた背景には、将来につながる技術的挑戦があった Image Credit: SpaceX

 しかし、この非現実的な光景が実現した背景には、ある技術的な挑戦があった。  今回の打ち上げでは、地球から火星に向かう際、ロケットエンジンを何回かに分けて噴射するということが行われた。また、その間隔にも約5時間ほどの間があった。  言葉にすると簡単だが、ロケットエンジンに何度も火をつけて動かすのは難しい。さらにその間隔が開くと、燃料が凍ったり、電子機器が壊れたりといったリスクもある。しかしファルコン・ヘヴィは、このハードルを難なくこなし、なに食わぬ顔で車を火星へ向けて飛ばしたのである。  そしてこの技術は、静止軌道と呼ばれる、通信衛星が多く打ち上げられる軌道に向けて、衛星を打ち上げる際に役に立つ。多くのロケットでは、静止軌道に衛星を直接投入することができない。そのため、その一歩手前の軌道に投入し、あとは衛星側がロケットエンジンを噴射して、静止軌道に乗り移っている。  しかしファルコン・ヘヴィのこの技術を使えば、静止軌道に衛星を直接投入すること可能になる。結果、衛星側の負担は大きく減るため、軽量化や運用期間の長寿命化ができる。  同様の技術は他のロケットでももっているものがあるが、ファルコン・ヘヴィの強大な打ち上げ能力をいかせば、超大型の衛星でも同じように直接投入ができるという強みがある。
次のページ
イーロン・マスクは何のためにロケットを使うのか?
1
2
3
バナー 日本を壊した安倍政権
新着記事

ハーバービジネスオンライン編集部からのお知らせ

政治・経済

コロナ禍でむしろ沁みる「全員悪人」の祭典。映画『ジェントルメン』の魅力

カルチャー・スポーツ

頻発する「検索汚染」とキーワードによる検索の限界

社会

ロンドン再封鎖16週目。最終回・英国社会は「新たな段階」に。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

国際

仮想通貨は“仮想”な存在なのか? 拡大する現実世界への影響

政治・経済

漫画『進撃の巨人』で政治のエッセンスを。 良質なエンターテイメントは「政治離れ」の処方箋

カルチャー・スポーツ

上司の「応援」なんて部下には響かない!? 今すぐ職場に導入するべきモチベーションアップの方法

社会

64bitへのWindowsの流れ。そして、32bit版Windowsの終焉

社会

再び訪れる「就職氷河期」。縁故優遇政権を終わらせるのは今

政治・経済

微表情研究の世界的権威に聞いた、AI表情分析技術の展望

社会

PDFの生みの親、チャールズ・ゲシキ氏死去。その技術と歴史を振り返る

社会

新年度で登場した「どうしてもソリが合わない同僚」と付き合う方法

社会

マンガでわかる「ウイルスの変異」ってなに?

社会

アンソニー・ホプキンスのオスカー受賞は「番狂わせ」なんかじゃない! 映画『ファーザー』のここが凄い

カルチャー・スポーツ

ネットで話題の「陰謀論チャート」を徹底解説&日本語訳してみた

社会

ロンドン再封鎖15週目。肥満やペットに現れ出したニューノーマル社会の歪み<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

社会

「ケーキの出前」に「高級ブランドのサブスク」も――コロナ禍のなか「進化」する百貨店

政治・経済

「高度外国人材」という言葉に潜む欺瞞と、日本が搾取し依存する圧倒的多数の外国人労働者の実像とは?

社会