犬が困り顔をしているからといって、本当に困っているとは限らない
ところで、眉の内側が引き上げられる動きとはどんな意味なのでしょうか。
犬に聞くことが出来ないので、犬の本当の気持ちはわかりません。ただ、人間の眉が内側に引き上げられるときというのは、悲しいときや困っているときです。私たちは眉の内側が引き上げられている表情を観ると、その人を助ける行動をとる傾向があることが知られています。この傾向が犬の表情にも同様に反応したと考えられます。
つまり、犬に悲しみ・困り顔を向けられた私たちは、その犬を助けたくなってしまう、ということです。
話を最初に戻します。実は、オオカミがどのように人間に飼いならされるようになったかについては現在においてもよく知られていません。
しかしこの研究から類推できることは次の通りです。遠い昔、あるオオカミの集団が牙をむき出しにした怒り顔をしていると人間と戦うことになる、一方、悲しみ・困り顔を「見せ」ると、人間と仲良く出来る。
人間と仲良くなる、あるいは人間に飼ってもらえば、オオカミだけで生き抜くよりも、食にありつける可能性が上がり、その結果、人間と戦う他のオオカミたちよりも自己の生存確率を上げ、多くの遺伝子を残すことに成功した。この遺伝子を持ったオオカミが増え、人間と仲の良い犬になった、そんなことが考えられます。
ただし、この悲しみ・困り顔が、偶然によるものなのか、意図的なのかはわかりません。また保護施設の犬含め、現代の犬たちが、どのような「意図」を持って時に、こうした表情をするのかもよくわかりません。
犬が人間の表情や声から人間の感情を認識することが出来るという研究知見があります。本研究と合わせて考えると、犬は私たちの感情を類推しながら、ときに私たちが想像できないほど高度な表情コミュニケーションを密かにしているのかも知れません。
参考文献
Albuquerque N, Guo K, Wilkinson A, Savalli C, Otta E, Mills D. Dogs recognize dog and human emotions. Biol. Lett., 2016 DOI: 10.1098/rsbl.2015.0883
Waller BM, Peirce K, Caeiro CC, Scheider L, Burrows AM, McCune S, et al. (2013) Paedomorphic Facial Expressions Give Dogs a Selective Advantage. PLoS ONE8(12): e82686.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0082686
【清水建二】
株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役・防衛省講師。1982年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でメディア論やコミュニケーション論を学ぶ。学際情報学修士。日本国内にいる数少ない認定FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持している。20歳のときに巻き込まれた狂言誘拐事件をきっかけにウソや人の心の中に関心を持つ。現在、公官庁や企業で研修やコンサルタント活動を精力的に行っている。また、ニュースやバラエティー番組で政治家や芸能人の心理分析をしたり、刑事ドラマ(「科捜研の女 シーズン16」)の監修をしたりと、メディア出演の実績も多数ある。著書に『
ビジネスに効く 表情のつくり方』(イースト・プレス)、『
「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』(フォレスト出版)、『
0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』(飛鳥新社)がある。