こうした稲盛さん自身の決断力を示すエピソードとして、こんな話が伝えられています。それは彼がDDI(現在のKDDI)を立ち上げて電気通信事業に新規参入をした時の話です。
当時、もともと国営事業であった電電公社がNTTに民営化され、健全な競争原理を持ち込むことで諸外国に比べてひどく割高な通信料金を引き下げるべく、自由化が決定されました。
ところが、民営化されたとはいえこれまで一手に事業を独占していたNTT に戦いを挑み、新規参入するという企業は一向に現れません。それに業を煮やした稲盛さんはまったく畑違いの電気通信事業の新規参入に自ら名乗りを上げるのです。
ただし稲盛さんによれば、すぐに名乗りを挙げたわけではなく、自分の動機に私心が混じっていないのかを自らに厳しく問うたそうです。
具体的には、就寝前に毎晩必ず「お前が新規参入に名乗りを挙げるのは、本当に国民のためを思ってのことか? 会社や自分の利益を図ろうとする私心がそこに混じっていないか?」。あるいは「世間から良く見られたいというスタンドプレーではないのか? その動機は一点の曇りもない純粋なものか?」と半年間ずっと自問自答し、半年後にようやく心の中に邪なものはないと確信した彼は、DDI(現在のKDDI)の設立に踏み切ったということです。
稲盛和夫氏 CC BY-SA 3.0
更にDDI創業後のエピソードを見ていきましょう。
携帯電話事業(現在のau)の参入を決めた際には、DDIとは別の会社がもう1社参入に名乗りを挙げたそうです。周波数の関係から、同じ地域ではNTT以外には1社しか営業できないという制約があったため、この2社で事業区域を2つに分ける必要が出てきました。
事業の収益性を考えれば、お互い人口の集中する首都圏区域が欲しいので、なかなか交渉が合意できません。このままいつまでも先の見えない綱引きをしていてはらちが明かない。ここで一方が譲らなければ移動体通信事業そのものが日本に根付かなくなってしまう……。そう考えた稲盛さんは、なんと首都圏と中部圏という最も大きな市場を相手企業に譲って、DDIは残りの地域をもらうという申し出をしたそうです。
これには役員会でも猛反対を食らったそうですが、蓋を開けてみると予想に反してDDIの業績はどんどん伸びていき、今日のKDDIの発展の礎になったということです。
今日のKDDIとauの成功は、世のため人のために役立ちたいという考え方が招いたものであり、動機善であれば必ずコトはなるという証明に他ならない、と稲盛さんは述べています。
このように、稲盛さんはどんな時にも「人間として正しいかどうか」というシンプルかつ明確な判断基準をもとに経営判断を行ない、やがて名経営者と呼ばれるようになりました。ビジネスマン、特に経営者は、時に非常に苦しい判断を迫られる時があります。そんな時に、自分の心の奥底にある、揺るぎない価値基準を持っている人は、苦しい決断も自信を持って下すことができるでしょう。
稲盛さんのエピソードはそんなことを教えてくれます。
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<文/高田晋一>
【高田晋一】
(株)成功データ研究所 代表取締役。作家。データアナリスト。早稲田大学第一文学部哲学科卒業、英国国立ウェールズ大学経営大学院Postgraduate Diploma取得。10年以上にわたり、電通グループ各社で市場調査やデータ分析を担当。成功に関する文献・データを集め分析することをライフワークとし、これまでに1000冊以上の自己啓発本・成功本などを読破。その後独立し、社会的成功に関する研究を行なう専門機関、「(株)成功データ研究所」を設立。これまでの研究結果を書籍やセミナー、雑誌やWEBの記事などを通じて発表している。著書に、『
「人生成功」の統計学 自己啓発の名著50冊に共通する8つの成功法則』(ぱる出版)、『
自己啓発の名著から学ぶ 世界一カンタンな人生の変え方』(サンクチュアリ出版)、『
大富豪の伝記で見つけた 1億稼ぐ50の教え』(サンクチュアリ出版)、『
成功法則大全』(WAVE出版)など。
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