Amazon創業者ジェフ・ベゾスの“巨大ロケット”、一度も飛んでないのになぜ売れる?

いまだ開発中、しかしすでに3件の契約を獲得

 ニュー・グレンは現在、2020年の初打ち上げを目指して開発中の段階で、実機は影も形もない。そればかりか、ロケットを打ち上げるかなめとなるロケットエンジンもまだ開発中で、さらに今年春には試験中に爆発事故も起こしている。新開発エンジンが試験中に爆発することは珍しくはないので、それ自体は大きな問題ではないが、2020年の初打ち上げという目標に影響が出る可能性はある。  しかしそんな中、ニュー・グレンはすでに3件の商業打ち上げ契約、すなわち衛星を運用する企業からの発注を受けて、その衛星をロケットで宇宙へ送り届ける契約を取り付けている。  そのさきがけとなったのは、今年3月のユーテルサットとの契約だった。ユーテルサットはフランスに本拠地を置く大手衛星通信会社で、前身の組織から数えると40年もの歴史をもつ老舗である。これまで米国や欧州、ロシアの、信頼も実績もあるロケットを使っていた。そのユーテルサットが、まだ1機も打ち上げられていないニュー・グレンを選択したということは、大きな驚きをもって受け止められた。  さらに同じ3月には、地球の周囲に約2000機の小型衛星を打ち上げ、全世界にインターネットを提供することを目指している「ワンウェブ」も、ニュー・グレンによる打ち上げを契約している(※参照『孫正義が10億ドル出資した衛星インターネット計画「ワンウェブ」、あれからどうなった?』)。  そして9月26日には、今年8月にタイ王国で起業されたばかりの衛星通信会社ミュー・スペース(mu Space Corp)からも、通信衛星の打ち上げ受注を取り付けた。

ニュー・グレンの想像図。ロケットは打ち上げ後、船に着地して回収し、何度も打ち上げに使うことができる Image Credit: Blue Origin

なぜまだ影も形もないニュー・グレンが売れるのか?

 前述のように、ニュー・グレンはまだ開発中で、まだ一度も打ち上げられていないばかりか、実機は影も形もない。そもそもブルー・オリジン自体、小型ロケットは何度か飛ばしているが、まだ人工衛星を打ち上げられるほどの大型ロケットを飛ばしたことはない。にもかかわらず、なぜ次々に打ち上げ契約を取れるのだろうか。  その最も大きな理由は、ブルー・オリジンが提示した価格が他の同性能のロケットより圧倒的に安価だったからだろう。ニュー・グレンに限らず、新型ロケットの運用初期には、まず何度か試験打ち上げを行い、性能や信頼性を確認する必要がある。しかし、試験とはいえ空荷で打ち上げるのはもったいないので衛星を載せたい、それもできるなら商業打ち上げで、いくらかでもお金を取りたい、というのが自然な考えである。  そこでブルー・オリジンは、破格の値段を提示し、まだ信頼性が確立されていない試験段階でもニュー・グレンを使いたいと興味を示してくれる企業を探した結果、この3社が見つかった、という可能性が高い(ただし、契約の内容や金額などは公表されていないので、この話に裏付けはない)。  もっとも、いくら安価でも失敗する可能性が高いロケットに、数百億円もする高価な衛星を委ねる会社はない。おそらくブルー・オリジンは、ニュー・グレンの技術情報や開発状況などを積極的に顧客に開示し、「このロケットは新型ながら最初から比較的高い信頼性がある(少なくともその見込みがある)」と納得させたのだろう。  また、ニュー・グレンに使われるロケットエンジンは、米国の軍事衛星などを打ち上げる、いわゆる”基幹ロケット”のエンジンとしても採用されることが内定している。エンジンの設計や開発状況は米空軍などが審査しており、その点も信頼の担保になった可能性がある。  そしてもうひとつの強みは、ブルー・オリジンの会社そのものである。同社は創立から現在までの経営は、ほとんどベゾス氏の自己資金のみでまかなわれており、さらに今年4月には、ベゾス氏が毎年10億ドル相当にもなるAmazon株を売却し、それで得た資金をブルー・オリジンに投資していると発言している。つまりブルー・オリジンには、技術力だけでなく、バックのベゾス氏が持つ天変地異が起きてもつぶれないほどの強固な資金力があるため、企業として信頼できることも大きな要因になったのだろう。  また昨年9月には、欧州の大手ロケット運用会社アリアンスペースの米国支社で長年社長を務め、多くの契約などを取りまとめてきた人物が同社を離れ、ブルー・オリジンに移っている。同氏のもつ長年の経験や人脈なども十分に活用されているのだろう。

ブルー・オリジンを立ち上げ、ロケット開発に挑んでいるジェフ・ベゾス氏。Amazon.comの創業者としても知られる大富豪で、ブルー・オリジンに多額の自己資金を投じている Image Credit: Blue Origin

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