核兵器禁止条約という“歴史的快挙”を実現したコスタリカの“仕掛け”

 今年も広島・長崎の原爆記念日(8月6日・9日)に平和式典が行われ、両市長をはじめとして「核兵器禁止条約」への日本の参加を求める声が相次いだ。    この核兵器禁止条約は今年7月7日、核兵器禁止条約案が国連本部にて採決され、122票の賛成多数で可決した(日本は核保有国と歩調を合わせて不参加を表明)。条約交渉会議の議長を務めたのは、コスタリカのエレイン・ホワイト大使だ。実は、この“歴史的快挙”には、中米の小国コスタリカが大きく絡んでいたのだという。

「模擬条約」から始まった20年越しの“仕掛け”

コスタリカのホワイト大使

核兵器禁止条約の交渉会議議長を務めたコスタリカのエレイン・ホワイト大使。圧倒的賛成多数で可決し、記者会見で笑顔を見せる(国連ウェブサイトより)

 コスタリカ研究家の足立力也氏は「エレイン・ホワイト氏が条約交渉会議議長となってイニシアティブを発揮できた背景には、20年越しの仕掛けがあったのです」と解説する。 「核兵器禁止の国際的な枠組みづくりへのコスタリカの関与は、1990年代に遡ります。国際司法裁判所は1996年、核兵器の使用または威嚇について『一般的に国際的人道法に違反する』という結論を出しました。これを受けて、国際的な法律家グループなどのNGOが『モデル核兵器禁止条約』の案文をまとめたのです。コスタリカ政府は翌1997年、これを国連文書として国連事務総長に提出しました。ただしこれは文字通り『モデル』で、模擬的なものでした」  その後2007年、コスタリカ政府はマレーシア政府とともに修正を加えた「核兵器禁止条約案文」を、核兵器不拡散条約(NPT)準備委員会と国連事務総長に提出。それを受けて2008年、潘基文国連事務総長がその案文をベースに核兵器禁止の条約策定を呼びかける「5項目提案」への導線を作った。 「この提案が結実した結果が、今回の核兵器禁止条約です。その後、スイス、ノルウェー、オーストリア、メキシコ、ニュージーランドなど非核色の強い各国政府が提案に賛同し始め、昨年12月に113か国の賛成多数で核兵器禁止条約の『交渉開始』を求める決議案が可決(日本は反対)しました。ここから作業が一気に加速して、今年3月から交渉が始まっていたのです」

核兵器の「不拡散」と「禁止」の両立で核廃絶を目指す

国連の採決

投票結果を知らせるボード。緑が賛成、赤が反対、黄色が棄権を表す(反対1=オランダ、棄権1=シンガポール)

 核保有国やNATO諸国、日本などはNPTでの核兵器の「管理」による安全保障を主張している。NPTはあくまで核兵器の「不拡散」を目指すものであり、「廃絶」までは踏み込んではいない。核兵器禁止条約はこれに対し、核兵器を「禁止」することで核廃絶を目指すものだ。そのためNPT偏重派は今回の採決に参加せず、核兵器禁止条約偏重派の主張とは相容れないとされる。しかし、これらは本当に両立しないのだろうか? 「実は、この条約の法的根拠はNPTの条文の中にあります」と足立氏は語る。 核兵器不拡散条約(NPT・抜粋) 第6条  各締約国は、核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、並びに厳重かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行うことを約束する。 「つまり核兵器禁止条約は、NPT体制下での核軍縮を補強・推進するものと位置づけられ、矛盾しない関係性を確保しています。日本政府や核保有国などのNPT偏重派は核兵器禁止条約を『現実的でない』と一蹴していますが、包括的核実験禁止条約(CTBT)も1996年の採択から20年以上発効しないなど第6条を実効化する取り組みを欠いている中で、同じ時間をかけて成果を出したことは評価に値します。核兵器禁止条約は50か国の批准で発効するため、早ければ来年早々にも発効する可能性があります。その後の焦点は、これで実際に核軍縮が進むのかどうかに移るでしょう」
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コスタリカは保有国・非保有国の“橋渡し役”に
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