元・町工場勤務者が分析する AIが製造業界にもたらす”第三次産業革命”

作業における「故障予測」や「危険予測」にAIを活用できる可能性

 日本の製造マンや工場経営者が、こうしてAIに強い関心を抱く大きな要因の1つに、モノづくりに携わる人材確保の問題がある。  現在、日本の製造業では、慢性的な人手不足に見舞われている。今年1月に総務省が発表した統計によると、製造業の就業者数は、2006年の1,163万人から、2016年には1,041万人と、10年で122万人も減少した。その最大の原因は、少子化が加速する中で団塊世代がごっそり抜けたことなのだが、その他にも、3K(きつい・汚い・危険)の労働環境や、国の定める雇用環境の条件強化などによって、現場に見合った雇用がなかなか定着せず、職人が育たないといった現状も大きく影響している。  筆者がこの工場シリーズで繰り返し述べてきていることなのだが、製造の世界では長い年月をかけて育てた職人を、製造業界独特の繁閑の波などに合わせて増減させることができない。雇用が多すぎれば人件費がかかり、少なすぎれば「過剰労働をさせるブラック企業」というレッテルを貼られる。そうなれば、工場経営者にとって新しい作業員を雇うことは、もはやメリットではなく、リスクとなるのだ。  これはあくまでも筆者の私見ではあるが、この製造現場のAI化は、昨今の「雇用者の権利」を保護する流れに相対するものとして、どこか「経営者の権利」の確立を見据えた動きにも見えてくる。  2つ目の要因には、人間が生み出すパフォーマンス力の限界が挙げられる。  個人差や体調不良、老化などにより、人間の生産能力にはバラつきが出やすい。製造はライン生産によって成されているため、そのわずかなズレやミスが、次の作業に大きな影響を及ぼすことが多々ある。それがAI導入されれば、24時間安定した生産をもたらしてくれることになるのだ。  さらに、現場に必要不可欠な「予測」作業、とりわけ「故障予測」や「危険予測」も、人間以上に機械の方が俄然秀でているといえる。  長年現場にいると、見た目や稼働音、温度などから、機械の劣化や故障を事前に察知できるという工場マンも多いが、そもそも製造現場のラインで使われる機械は、そこで生み出される製品よりも繊細で複雑な構造をしていることが多く、それを人間が細かく管理するにはあまりに非効率なのだ。AIの能力のうちの1つでもある「予測」によって、機械の故障やそれに付随する危険までもが予測できるようになれば、それは今後、「故障予測」から「故障日程」となる。さすれば、もうそこに工場マンの“察知能力”が入る余地などどこにもない。  こういった人材不足や技術の低下、IoT化の遅れなど、様々な側面で問題を抱える日本の製造業界が、ライバル国と今後戦っていくためには、現場の機械化やAIによる安定した生産性の維持に向けた改善が必要条件である。  そうなれば、今後AIがもたらす影響は、やはり間違いなく現場や下請けなどの雇用にまで及び、消えゆく職業も出てくるだろう。が、現在まで3度にわたって起きた産業革命でも、人間はその変化に順応し、雇用を逆に増やしてきた。消える職業がある一方、AIの存在によって新しく創出される職業も今後出てくるはずである。  近い将来確実にやってくる現場の変化に向け、各企業は受身の体制から脱却し、今から身の丈に合う機械と向き合うことで、その変化に順応できる体制を整えておく必要があるのでなないだろうか。 【橋本愛喜】 フリーライター。大学卒業間際に父親の経営する零細町工場へ入社。大型自動車免許を取得し、トラックで200社以上のモノづくりの現場へ足を運ぶ。その傍ら日本語教育やセミナーを通じて、60か国3,500人以上の外国人駐在員や留学生と交流を持つ。ニューヨーク在住。
フリーライター。元工場経営者、日本語教師。大型自動車一種免許取得後、トラックで200社以上のモノづくりの現場を訪問。ブルーカラーの労働環境問題、ジェンダー、災害対策、文化差異などを中心に執筆。各メディア出演や全国での講演活動も行う。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書) Twitterは@AikiHashimoto
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