アルジャジーラがアラブ諸国の指導者から嫌われる理由
カタールと断交したサウジアラビア、アラブ首長国連邦、エジプト、バーレーンがカタールに要求した13項目の中に衛生放送局アルジャジーラの閉鎖が盛り込まれていた。
サウジアラビアは世界報道自由度ランキング180か国の中で168位、アラブ首長国連邦119位、エジプト161位、バーレーン164位とそれぞれあまり高くない位置にランキングされている。この4か国にも視聴者を持つアルジャジーラが1996年に報道の自由を謳ってカタールに登場したのである。
報道の自由の少ないアラブ諸国でアルジャジーラが産声を上げた時から問題を引き起こす放送局になるというのは自明のことであった。
アルジャジーラがカタールで登場した1996年に、サウジアラビアでアルジャジーラと同様の主旨をもってBBC Arabicが誕生した。しかし、報道に自由度の欠けるサウジアラビアでは誕生から2年後にサウジ政府の圧力もあって閉鎖を余儀なくさせられた。
そこで、アルジャジーラはBBC Arabicで活躍していたタレントのあるジャーナリストを早速雇用したのである。その為の資金はカタール政府から出た。この時点からアルジャジーラは飛躍して行くのである。
アルジャジーラ飛躍の3つのきっかけ
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