立法考査局、テロ要員募集などの刑事罰についての論考を発表。今後、法案提出の可能性も――江藤貴紀「ニュースの事情」
2014.11.22
警視庁により、26才の北海道大学生が「私戦予備罪」で事情聴取されたISIS北大生渡航事件後、国で法案の検討にあたるシンクタンク部門の「国立国会図書館調査及び立法考査局 」(以下、考査局)が、欧州委員会が公表した、加盟国内のテロ要員の募集や資金援助などに対する刑事罰の状況についての報告書(http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_8802173_po_02610202.pdf?contentNo=1) を翻訳、報告する論考が発表されていることがわかった。
これは、考査局が「将来調査依頼が予測される国政課題について、調査担当職員が常日頃から行う調査」の一部とされる「外国の立法」欄(http://ndl.go.jp/jp/diet/publication/legis/index.html )に11月づけで公表されたもの である。
考査局の業務(http://www.ndl.go.jp/jp/diet/service/works.html) は、国会での立法に参考となる調査研究を行うことである。ただ、これまでの発表論文例を読むと(1)可及的速やかに、いまから制定が課題となる法律のため研究を行うものと、(2)ただちに立法へ活かす種類の話題ではないが、海外の時事情勢の解説となっているものの2類型に分類できそうだ。
そして考査局は(三権でいうと行政ではなく国会の一部である)行政に比べて学術的な性格と書き手の個性が強く現れていて、いずれも、「いわゆる官僚答弁」ではなくとてもストレートに情勢を分析している。
たとえば(2)の後者の例をさきにいくと、ロシアで今度はじまる外資系を標的にしたと思われるマスコミ規制(CNNがこれで、同国内での放送を終了することになった )については「ロシア政府は大手のテレビ、ラジオ、新聞等に対する出資を通じて事実上の管理下に置いてきたほか、外国の支援を受けている NGO(非政 府組織) を「外国のエージェント(スパイというニュアンスが極めて強い)」と認定する法律 の制定などを進めてきた。」という研究なども発表されていて興味深い 。
このように、広範に海外の企業などをスパイ認定をするロシア政府の方針を、正面切って国の機関が――しかもロシアの立法例を根拠に――述べている例は大手メディアの報道では筆者の知る限り存在しない。
一方、今回のテロ要員などの募集を処罰する欧州委員会の報告書については、すでに9月5日の時点で発表されており、調査自体も2008年11月のEU理事会における「テロとの闘いに関する枠組み決定」にもとづいて行われたものである。しかし、日本でこの報告書がこうして翻訳されて公表されたのはすでに発表から2か月が経過した11月のことである。ISIS北海道大学生事件を受けて急遽翻訳&報告をした可能性もなくはない。
こうした状況を見ても、今後作成される法案の内容に影響を持つ可能性は否めないだろう。
論考の内容面でとりわけ着目したいのは以下の部分である。
“「欧州委員会は、「直接的扇動」のみを犯罪とみなすことは、例えば インターネット上で不特定多数を対象に行われる、テロ犯罪の危険を有する行動を扇動する意思を持った公然の挑発を犯罪とみなせないリスクがある」という指摘をしている。
(中略)
デンマークでは、定義を拡大して資金調達の行為まで含めて罰している。ドイツ、 イギリス及びフランス等では、「テロリストの組織の支援」や「陰謀への参加」等の表 現を用いてテロの要員募集を犯罪と規定している。欧州委員会は、ドイツ等の表現で は、何らかの計画や組織的枠組と関連のない「単独で活動するテロリスト」の募集(勧誘)を、犯罪とみなし得ない潜在的リスクがあるとしている。
ドイツやイギリス等では、テロの訓練・教育を受ける側の者も明確に処罰の対象としている。フランスの場合、「犯罪者の連携」という概念と関連付けてテロの訓練を犯罪(とする)”
北大生ISIS事件と、欧州委員会での発表から2か月経過した後にわざわざ論考が発表されたことや、欧州委員会の報告書の中でこの部分が特に取り上げられていることからすると、テロ訓練や要員募集に論考の関心が向いているのはほぼ明白で、また近いうちにこの様な法案が提出される可能性が高いと、筆者は考えている。
イスラム国などでのテロやその訓練に日本国民が関与する場合を想定した何らかの新法が必要だろうというのは必然的な結論かもしれないが、その立法準備が国の中で実際に行われている兆候が見られたのは、筆者の知る限り今回の考査局発表が初めてである。これからも注視していきたい。
<文/江藤貴紀(エコーニュース:http://echo-news.net/)
【江藤貴紀】
情報公開制度を用いたコンサルティング会社「アメリカン・インフォメーション・コンサルティング・ジャパン」代表。東京大学法学部および東大法科大学院卒業後、「100年後に残す価値のある情報の記録と発信源」を掲げてニュースサイト「エコーニュース」を立ち上げる。
この連載の前回記事
2014.11.18
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