名工が語る「刀剣業界のグローバル化」――刀鍛冶・吉原義人インタビュー

 美術工芸品たる日本刀を作り続け、国内外の注文が途絶えない人気の刀鍛冶師がいる。名は吉原義人。吉原氏は、20年に一度と呼ばれる伊勢神宮の式年遷宮の際に御神刀制作の指名を3度受け、ゴッホの『糸杉』も収蔵する世界最大級のメトロポリタン美術館に作刀を買い取りされる超一流の刀鍛冶師だ。  刀鍛冶として、世界にその名を轟かせる吉原義人氏だが、そのもとに届く注文の半数は、欧米圏からのものだ。欧米の刀剣愛好家との交流を深めるうちに、現在では夏に2か月ほどアメリカの工房で制作を行うようになった。

アメリカでの制作活動と30年の啓蒙活動

刀鍛冶「1975年にたまたま視察したアメリカの刀剣展覧会で、刀好きの主催者たちと仲良くなったんです。そのうちに『こっちで作ってみないか』とオファーを受けました。ちょうど、日本刀文化を広めたいと思い始めた時期で、タイミングも良かった。刀好きのアメリカ人たちのサポートもあり、テキサス州のダラスにある大学構内に刀鍛冶の鍛錬所を設け、デモンストレーションを行いました。そのとき作った刀はメトロポリタン美術館、ボストン美術館が買い取りました。ダラスでは刀剣愛好家の何千坪もある庭の一部を借りて鍛錬所を設けたりもしました。その後も制作依頼をいただくうちに、毎年夏に通うようになりました」  刀作りは一人ではできない。金具や鞘、研ぎなどそれぞれの専門職とだいたい4人で一振りをつくる。材料費や研ぎ師、金具師、鞘作りの職人たちへの支払いを考えると、刀一振りにかかる経費は50〜70万円。富裕層向けの美術工芸品とはいえ、アメリカで作るとなると、渡航費や材料の輸送費など経費もかさむ。当初は職人たちを4人ほど連れて行ったというが、最近ではアメリカでの活動にやりやすさも感じ、カリフォルニア州サンラファエルやワシントン州シアトルに鍛錬所を構えている。 「日本刀作りに必要な品質の鉄や松炭を輸送する苦労がある一方、アメリカには銃刀法など法の規制が少ないのです。日本では年間24振りまでと作刀数の上限が決められていて、一振りごとに登録証を作成して、自治体に報告する義務がある。今ではアメリカに金具を作る人間や研ぎ師もいる。ヘタな日本の研ぎ師より研ぎ方の上手い奴もいます」  最近では、米・大手ナイフメーカーのコールドスチール社などが日本刀を模して製造している。そうしたトレンドもあり、刀剣作りに携わるアメリカ人の職人も増えているという。吉原氏は「波紋や刃の色味の美しさに欠けるし、製品ナイフのようにシンプルなデザインで作られていて”日本刀”とは言えない」とばっさり斬るが、刀鍛冶の世界にもグローバル化の波は押し寄せている。  進む刀のグローバル化のなか、正しい日本刀の姿、作り方を啓蒙するため、吉原氏は80年代から『英文版 現代作刀の技術 – The Craft of the Japanese Sword』(1987)など刀に関する書籍を英語圏で出版している。 「刀文化を広めるには、市場の大きな海外に向けての発信が必要だと感じました。海外で本格的にブームになる前に、本物がきちんと評価されるだけの土壌を作りたかった。日本だけなら数千部でも、英語版で全世界に向ければ数万部、十数万部にもなる。発信規模は大きくなれば、広く遠くまで届く。だから英訳本を出すことにはこだわりました」  30年近くの啓蒙活動が功を奏してか、海外の顧客も増えた。2012年6月にも『The Art of the Japanese Sword』を出版し、刀の作り方から始まった吉原氏の書籍の展開は、いよいよ日本刀の芸術性を論じるところまできた。  取引相手のもとに足を運び、その気風を知り、プロダクトの価値を啓蒙する。奇をてらったことは何もしていない。だが顧客に徹底的に向き合った結果、海外の刀剣愛好家は吉原氏の刀剣、そして吉原氏自身のファンになっていった。プロダクトづくりにおいてはもちろん、すべての活動に手を抜かない。一見、当たり前のようでいて、実は実行するのが難しい行動にこそ、成功のカギは隠されている。<取材・文/石田恒二> 【吉原義人プロフィール】 東京都葛飾区在住の刀鍛冶師。文化庁認定刀匠および日本職人名工会殿堂名匠。若い頃に高松宮賞など上位特賞を総なめにして脚光を浴びる。伊勢神宮の御神刀(20年に一度の勲章)の指名も3度受け、メトロポリタン美術館、ボストン美術館が吉原氏の作刀を買い上げる。『英文版 現代作刀の技術 – The Craft of the Japanese Sword』(1987)、『The Art of the Japanese Sword』(2012)など英語版の著書多数。テキサス州ではダラス市名誉市民に選ばれている。
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