おんな城主・井伊直虎を育てた師の重~い箴言
2017.02.02
剣と紅』(高殿円著/文春文庫)から打開策を探りたい。本作の主人公は井伊直虎。柴咲コウ主演の2017年NHK大河ドラマ「おんな城主 井伊直虎」も話題になっている。主人公は、のちに徳川四天王と呼ばれる井伊直政の養母。戦国の混乱のさなか、井伊家を守り抜いた賢女の一生を描く。
主人公・直虎が師とあおぐ南渓和尚の口癖は「有無有無(うむうむ)」。だが、ただうなずいているわけではないと、和尚は説く。「じっくりとありとなしを論じてみることの大切さを己に言い聞かせておるのだ」と言うのである。
“いかようなものにも絶対はない”という南渓和尚の持論に従うなら、つまらない横やりにも希望はある。改善すべきポイントを示すこともあれば、現状の改善に役立つ可能性もある。仮にアイディアとしては役に立たずとも、有無を見極めるトレーニングになるという意味では無駄にならない。
主人公・直虎は将来の不吉が視える。己の不思議な能力に怯える直虎。師匠である南谿和尚は「道を恐れるべからず。大円鏡智じゃ」と励ます。大円鏡智とは仏教用語で、“大きな丸い鏡が万物の形を写すように、すべてをありのままに映す”という意。一切をあるがままに受け入れよというメッセージだ。
愚にもつかないアイディアを繰り返し聞かされると、耳をふさぎたくなる。だが、先入観は目を曇らせる。荒唐無稽な案が思わぬヒントをくれる可能性もある。すべてのアイディアを切り捨てず、思考の俎上に載せることが重要なのだ。
主人公・直虎の幼なじみで、のちに井伊家の家老となる小野政次は権謀術数を重ね、さまざまな恨みを買う。あるときは、直虎は小野政次に「恨みを抱えて、苦しうはないのか」と尋ねる。さらに「目に見えぬものほどつもるというぞ」と戒めた。
悪感情は抱くほど、消耗する。余計なひと言にモヤモヤ怒りを募らせ続けるのも例外ではない。ならば、早めに手放したい。時には「またまた余計なひと言を!」「ナイス思いつき! 参考になります」などと笑い飛ばすことも必要だ。明るくストレートに“見える化”し、恨みを手放すのである。
“助言屋”の多くは悪気がない。むしろ、“いい人”を自認しているだろう。だからこそ、無尽蔵に余計なひと言を繰り出せるのだ。
しかし、見方を変えれば、最高のブレストメンバーである。腹をくくってつきあえば、無数の駄案の中から妙案を見つけるスキルも磨かれるはずだ
<文/島影真奈美>
―【仕事に効く時代小説】『剣と紅』
<プロフィール>
しまかげ・まなみ/フリーのライター&編集。モテ・非モテ問題から資産運用まで幅広いジャンルを手がける。共著に『オンナの[建前⇔本音]翻訳辞典』シリーズ(扶桑社)。『定年後の暮らしとお金の基礎知識2014』(扶桑社)『レベル別冷え退治バイブル』(同)ほか、多数の書籍・ムックを手がける。12歳で司馬遼太郎の『新選組血風録』『燃えよ剣』にハマリ、全作品を読破。以来、藤沢周平に山田風太郎、岡本綺堂、隆慶一郎、浅田次郎、山本一力、宮部みゆき、朝井まかて、和田竜と新旧時代小説を読みあさる。書籍や雑誌、マンガの月間消費量は150冊以上。マンガ大賞選考委員でもある。
何かにつけて、ひと言多い人がいる。評論家気取りでケチはつけるが、対案は出さない。「思いつきなんだけど……!」と横やりを入れ、プロジェクトを迷走させる。この手合いは聞き逃すのが常道だが、度重なると腹も立つ。無責任な“助言屋”にどう対峙すべきか。
今回は『「有無有無と唱えるは、ただ頷いておるのではない」
「道を恐れるべからず。大円鏡智じゃ」
「目に見えぬものほどつもるというぞ」
『剣と紅 戦国の女領主・井伊直虎』 戦国の世に領主となった女の熾烈な一生を描いた渾身作 |
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