「40人学級復活」案への賛否から見えてきたもの

オバタカズユキ
 この国には「子供の教育にだけは金を惜しまない」という考え方が根強くある。同じような考えをする他国民も少なくないだろうが、日本人にはそもそも階級という概念が薄く、勉強さえ頑張れば誰でも立身出世を望めるといった意識が強い。「これからの世の中、そんな単純で甘いものかなあ」と私は思うのだが、「とにかく教育は大事!」と多くは言い、そこから先の議論になかなか進めないようなところがある。

 先日、財務省が「40人学級」の復活案を打ち出した際も、日本中から非難の声があがった。公立小学校では2011年度から1年生だけ「35人学級」を全国標準としてきたのだが、それを「40人学級」に戻せば、そのぶんの教員減により、国と地方を合わせて人件費約260億円が浮くと試算。また、財務省は、小1のいじめ認知件数が35人学級導入前よりも導入後のほうが微増していると指摘、他にも目立った改善点が見られないとし、「40人学級」の復活を財政制度等審議会で提示した。

 この報が流れるやいやな、反論が続出。マスコミの論説から匿名個人の掲示板コメントやツイートまで、その圧倒的多数は財務省批判に向かった。「40人学級」復活案の批判点は、朝日新聞の社説<40人学級復活―安易な予算削減では >にだいたい出揃っていたといえる。批判点は、大きく以下の2つだ。

<いじめの数値は発生ではなく認知件数で、教職員の意識によって左右される。特定学年の教育のあり方の評価手段には、ふさわしくない。そもそも制度の効果をわずか3年で結論づけるのは早計に過ぎる>

<日本の教員の多忙さは、経済協力開発機構(OECD)の国際調査で明らかになったばかりだ。1週間の勤務時間が参加国・地域で最長だった。そもそも小学校の1学級当たりの児童数は、日本が28人で、OECD平均の21人よりかなり多い>

 つまり、いじめの微増データはそう都合よく読み取れるものではないし、とにかく日本の教員は忙しくて参っているのだから、それをますます悪化させるような財務省案は論外だというわけである。

 ほぼ全マスコミが同じ問題点を指摘していたが、全国学力テストで秋田県とトップ争いを続けている福井県の地元紙も、<40人学級復活案に教育現場疑問 「いじめ、不登校減少に効果」>という記事で財務省批判を展開。同県は<独自の少人数教育を小・中学校で取り入れている。2004年度から40人学級を順次解消し、クラスの上限人数を減らしてきた>そうで、その結果、高学力県としての現在があるから筆の運びも自信ありげだ。

<福井県内の教育関係者は、いじめや不登校、学習指導の観点からも「少人数教育の効果はある」と反論する。県小学校長会の平馬吉隆会長は「保護者の学校への要望が多様化する中、教員は子ども一人一人とのコミュニケーションを大事に指導している」と説明。全国トップレベルの学力の基礎は小学校でつくられていると強調した>

 また、財務省批判は、マスコミの記事や個人の書きこみにとどまらず、ひとつの「運動」の形で立ち上がってもいる。東京都品川区の会社社長が、<こどもたちの未来を守ろう!35人学級の存続を!>とインターネット署名活動を呼びかけ、こんなことを言っている。

<今回の財務省の見解に対して、既に文科省や下村大臣は反論しています。「きめ細かな指導においては35人学級が望ましく、教育関係者皆が同じ想いである」ことや、「OECDの中で日本の教員の多忙感がもっとも高く限界であるとし、これが学校現場における悪化につながっている」などと説明しています。私が感じている様に、むしろ「中学3年生までを35人学級にするのが望ましい」とも言っています>

 どこもかしこも財務省批判だらけ。この件に、異論は挟めないのか。財務省は単なるケチということで了解していいのか。いろいろ見て回ると、ちょっと違うスタンスの記事があった。<「35人学級」 教員増より指導力向上を> という産経新聞の「主張」だ。

<少子化のなかで児童生徒数に対する教員数はむしろ増えている。さらなる増員を求める前に、やるべきことは多いはずだ>

<悪平等をなくし、指導力不足の教員を放置せず、優秀な教師、熱心な教師を適切に評価し、やる気を引き出す制度を充実すべきだ>

 べきだ論を2発かました上で、こう締め括る。

<ダメな教員をいくら増やしても問題は解決しない>

 直接そうは書いていないが、要するに、日教組的なダメ教員をクビにできないような教育界を変えよ、と言いたいのだろう。タカ派の産経ここにあり、ということは分かった。が、それ以上の何かが読み取れるかどうかは個人の好みの領域だ。

 逆にどちらかといえばタカよりハト、リベラル寄りのイメージがある東洋経済のオンラインに財務省批判を批判する<「40人学級復活提案」の裏側にあるもの>という記事が載っており、こちらはちょっと気になる内容だった。筆者は、財政タカ派といわれる慶應経済学部の土居丈朗教授。教授は、「40人学級」復活案を提案した財政制度等審議会のメンバーとのことだ。非難ごうごうの世論を察知して、こう述べる。

<ちょっと待って欲しい。表層的な見出しだけヒートアップしてけしからん、と言っても建設的ではない。その議論の背景を知った上で、この提案の是非を考えて頂きたい>

 背景、とは何か。

<文部科学省の検討会議では、35人学級が公立小学校1年生で35人学級を導入された後、2011年9月に「中間とりまとめ」を公表し、公立小学校2年生にも35人学級の実施を提言した。(中略)ところが、2012年度の政府予算では、公立小学校2年生の35人学級の実施は盛り込まれなかった。(中略)そうこうしているうちに、第2次安倍内閣となり、幼児教育無償化の案が急浮上する。(中略)(40人学級復活案の)財政制度等審議会の議論は、まさにこの流れを踏まえたものなのである>

 文章がくねくねしていて分かりづらいのだけど、つまりは、時の政権の都合でころころ変わってきた話で、今現在の政権は幼児教育無償化に力を入れているから、限られた財源の使い道として、小1の「35人学級」維持よりもそっちの無償化に使う流れにある、ということらしい。うーん、現実はそうかもしれないが、どうも言い訳がましい……と思いながら読み進めていくと、最後のほうに目を引く箇所があった。

<幼児教育無償化を実現すべく、35人学級をやめて財源を浮かせるというのは、ケチだとか意地悪だという意見がある。確かに、私見を言えば、高齢者向けの社会保障給付を抑制して財源を確保してそれを学校教育のために充てることは、望ましいと考える>

<ならば、学校教育関係者は、「文教予算確保のために高齢者向けの社会保障給付を削減せよ」と主張して下さるのだろうか(あまりそうではないような気がする)。むしろ、政治の現場では、各選挙区で政治家に対し、投票率の高い高齢者からの「高齢者向けの社会保障給付こそ手厚くしてほしい」という声が支配的で、若年世代の投票率が低いこともあって、子どものためにもっと多く予算を投じろという声は小さい>

 高齢者問題にカネが要るって国民が言っているんだから、そんなに教育予算を割くわけにはいかないでしょ、という当局側の本音と読めた。あれもこれもと望まれたって、応えるほうには限界がある。大事なのは、<選択と集中で、あれかこれかをどうするかなのである>という一文で記事を締めている。

 この土居丈朗教授の訴えがどう聞こえるか。これまた非難ごうごうかと思ったのだが、記事をリンクしながらツイートしている100人以上の感想に目を通すと、「なかなか興味深い」といった距離感で賛否を保留している人たちが大半だった。

「教育切り捨て、けしからん!」と反射的に憤る前に、とはいえ現実的にはどうなのか、と立ち止まってみる。東洋経済オンラインの記事に納得させられはしなかったが、それを読んでいる人々の冷静な態度に学ぶべきものがある、と感じ入った次第だ。

<文/オバタカズユキ

おばた・かずゆき/フリーライター、コラムニスト。1964年東京都生まれ。大学卒業後、一瞬の出版社勤務を経て、1989年より文筆業に。著書に『大学図鑑!』(ダイヤモンド社、監修)、『何のために働くか』(幻冬舎文庫)、『大手を蹴った若者が集まる知る人ぞ知る会社』(朝日新聞出版)などがある。裏方として制作に携わった本には『大学キャリアセンターのぶっちゃけ話』(ソフトバンク新書)、『統合失調症がやってきた』(イースト・プレス)などがある。

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