3つ目の事例は、もっと大きな視点からの問題です。実際に私が産業医仲間、ストレスチェックテストを提供しているメンタルヘルス業者たちと話すと、ストレスチェック制度に対する従業員の参加率(ストレスチェックテスト受検率、面接指導受診率)は、最終的には産業医の関わり方次第との意見が多かったです。
いつもの産業医がしっかり関わっていることがわかる会社のストレスチェック制度のほうが従業員の参加率(ストレスチェックテスト受検率、面接指導受診率)は高いということでした。
一方、完全に外注でやっているような場合は、高ストレス率が同業他社よりも格段低かったり、面接指導受検率が低かったりとのことでした。
ここから誰がストレスチェックテストを管理しているのかわからない場合は正直に答えない場合があること、面接指導担当医が知らない医師の場合は受けることを選択しない可能性が高いなどと推測されます。
厚生労働省のストレスチェック制度の指針では産業医がストレスチェック制度に関わることがいいと明記されています。産業医が関わることは義務とはされていません。ストレスチェック制度における総責任者兼総監督的な立場の役割を“実施者”といいます。
ストレスチェック制度において、実施者はどの従業員が高ストレス者かなど会社の知ることのできない情報も知る立場にあります。そのため今後、メンタルヘルスに絡む労使裁判があった場合、“実施者”もさまざまな形で責任を負う立場になると推測されています。
武神健之氏
極端な例を申し上げれば、仮に会社でメンタル不調からの自殺者が出た場合でも、会社はその社員のストレスチェックテストの結果を知らなかったから対処できなかった。「実施者は知っていたのに対処しなかったのですか?」と、責任が会社から実施者に向けられる可能性があるのです。
しかし、実施者の仕事は医療行為ではないため、私の知る限り、医師の加入する医療賠償保険では何かあったときに保障の対象外とされています。そのために、良心的な産業医の中にはクライエント企業の実施者は(社員のためにも)引き受けたいが、何かあった時の保障がないと安易には引き受けられないというジレンマを感じた先生が多かったと思います。
社員や会社のためにも、多くの産業医は自分たちが実施者を引き受けることがベストとわかっています。だからこそ、実施者の仕事に対する責任の範囲を明確にすることや、賠償保険の提供など、ぜひ、次年度に向けて早急に解決されるべきだと感じます。
まとめると、ストレスチェック制度初年度の反省点としては以下の点が挙げられます。
1.制度の構築だけでなく従業員への広報や、日常から会社が信頼を得ておくことの必要性
2.補足的面談も含めた臨機応変な対応の必要性
3.実施者の責任の範囲の明確化(損害賠償保険の充実)
現在、すでにストレスチェック制度の2年目が開始されています。上記反省を踏まえ、次年度はより充実したストレスチェック制度が全ての会社で実施されることを願ってやみません。
<TEXT/武神健之>
【武神健之】
たけがみ けんじ◯医学博士、産業医、一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。20以上のグローバル企業等で年間1000件、通算1万件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を行い、働く人のココロとカラダの健康管理をサポートしている。著書に『
不安やストレスに悩まされない人が身につけている7つの習慣 』(産学社)、共著に『
産業医・労働安全衛生担当者のためのストレスチェック制度対策まるわかり』(中外医学社)などがある