稀代のアクセル地べたまで踏み経営者、渡辺美樹の凄さと脆さ――山本一郎【香ばしい人々returns】
2014.10.31
昨今盛んに「ブラック企業」と名指しされて大変なことになっているワタミですが、その経営者である渡辺美樹さんの有りようというのは非常に特殊だと思うのです。
●「すき家」「和民」問題の向こうに見えるもの
http://toyokeizai.net/articles/-/38713
●過労死基準に限りなく近いワタミの残業時間、12億の黒字から50億の赤字に転落。
http://matome.naver.jp/odai/2132999288988739001
●ワタミ、なぜブラック批判の矢面?批判弱まるユニクロとの明暗分けた、情報開示の姿勢
http://biz-journal.jp/2014/01/post_3885.html
一連のブラック企業批判からのデフレ脱却後の「居酒屋チェーン不況」直撃による赤字転落の一方、参議院議員としての政治活動にも従事し日本を代表する経営者の一人として名を連ねる渡辺美樹さんというのは、簡単に「問題だ」「異常だ」で片付けられる御仁ではないと考えるからです。
良くあるブラック企業への批判として、当然弱い立場である労働者への搾取を強いる経営手法に対する問題とされるケースが多いわけなんですが……このワタミの場合、そういう労働者に対して強いプレッシャーを与える一方で「じゃあ渡辺さん、あなたそういう仕事を実際にやってみてください」と折り返しても、本当に渡辺さんならこなしかねない恐ろしさがあるのです。
従業員が過剰な仕事を詰め込まれて困窮する以上に、経営者自らが率先してそのような仕事をやってきた、企業幹部も修羅のような仕事の山を乗り越えエリアマネージャーに、あるいは執行役員にと上り詰めてきた人たちですので、彼らからすれば「なぜそういう働き方が問題なのか」ということを実はよくわかっていないのかもしれません。
一時期、議員であるにもかかわらず国会が休会中に「ワタミ総帥・渡辺美樹がタイホされるのか?」みたいな風聞がたくさん流れました。しかし、周囲の証言もよくよく見てみると、ブラックブラック言ってる割に、仕事に対する情熱が過剰であることを除けば仕事に対するマニュアルややるべきことの内容というのは標準的なレベルです。単純に、安い居酒屋を実現するためにエリアマネージメントの掟に則り最低限のメンバーで最大限のオペレーションをこなすことが利益の拡大策であるというゴールデンルールを作り上げて遵守しているだけです。
それが労働基準法から見ると違法を疑われるから問題になるわけですが、渡辺美樹さんからすれば「お客様のために安い値段でおいしいものを飲食してもらうための奉仕」と位置づけ、何一つ悪いことを社員にさせていないという感覚なのでしょう。もちろん、売上や利益を地域ごと、担当ごとにコミットさせていることから、中間管理職の行動原理としては「少ない人数で多くの仕事をやれる体制を作らないと、昇進どころかいまのポジションが危ない」ということになりますから、そのマネージャーの下についている各店長に対しては「バイトを雇うな」「24時間働け」とハッパをかけて業務を回すことが仕事になってしまっているという悪循環でありましょう。
経営の能力として、多少部下に無理をさせてでも能力を引き出し、納得のいく実績を打ち立てた者から昇進させるという組織の引き締めをやることは往々にしてあると思いますし、それができる経営者が優れているという側面もあります。ただし、同様にこのような逆風が来たときに然るべき抗弁なり、果たしてきた社会的責任の説明ができないと、真正面からブラック企業批判をされ、いままでやってきた事業の意義そのものを否定されて、メディアからも国民からも「悪党」のレッテルを貼られてしまうということでもあります。
デフレの波に乗って、低価格路線の飲食チェーン店が持て囃された時期にしっかりと地べたまでアクセルを踏み最高の資本効率で店舗を拡大できた力量は、確かに渡辺美樹さんには備わっていましたし、経営者としての能力という点では非常に高く優れていると思います。ただ、惜しむらくはそこに従事している人たちの幸せや労働時間・賃金その他と、抱えている事業のバランスを失し、頑張ってきた労働者から足元を掬われる形で問題が勃発してしまいました。
残念なことに、渡辺さんは「攻め」の経営者としては優れていても、業績や事業環境が横ばい、下降気味になったり、スキャンダルが出たときに社会と向き合うときに必要な「守り」を仕切れる方面にはなかなか頭が働かないのでしょう。その点では、ライバルといままで目されてきたゼンショーの「革命家」小川賢太郎さんのほうがうまく切り抜けているようにも見えます。経営者と言うのは常に順調なときだけ事業や組織を捌けばそれでいいというわけではない、という当たり前のことを身をもって教えてくれたのが渡辺美樹さんだったのかもしれません。
それにしても、問題が一服したと思いきや、またぞろ渡辺美樹さんタイホの話が再燃しているようなんですが、これはいったいなんなのでしょうか。思わず国会会期中の参議院議員の不逮捕特権について調べてしまいました。何事もないといいのですが。
<文/山本一郎>
やまもといちろう●1973年東京都出身。アルファブロガー。ネット業界やゲーム業界に精通し、投資業務とコンテンツ開発をメインにWebで数々の評論活動などを行う。イレギュラーズアンドパートナーズ株式会社代表取締役。最近では子宝にも恵まれ、仕事と家庭を両立させつつも、さらにシミュレーションゲーム、プロ野球の応援などにも精を出す。
この連載の前回記事
2014.10.15
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