リポート「改憲1万人集会」/「国歌斉唱」と「リベラル揶揄」だけで支えられる一体感――シリーズ【草の根保守の蠢動 第24回】

国歌斉唱時、会場にある種の「グルーヴ感」が生まれた

 前回も触れたように、この大会の内容そのものに特筆すべき新奇なものはない。櫻井よしこ、ケントギルバート、百田尚樹、細川珠生といった一連の登壇者の顔ぶれもいつもと同じで、速報する価値はない。登壇者の顔ぶれが知りたければ、ポスターでも見ていればいい。一万人前後しか参加者のいないリベラル陣営の集会で、大江健三郎や澤地久枝が登壇することに、速報として報道する価値がないのと同じだ。  登壇者の発言内容も、十年一日のごとく一緒。何の代わり映えもない。確かに、現職の総理大臣たる安倍晋三が「改憲集会」にビデオメッセージを寄せたことは、強く批判されるべきだろう。公務員の憲法尊重擁護義務はどうなったのだと。しかし安倍政権の立憲主義軽視路線は今に始まったことではない。そして今後も続くだろう。であれば、それへの批判は、イベント報道と切り離した論説として行うべきだろうし、このイベントに触れるとしても、「現政権による立憲主義軽視路線の一事例」として扱うのが自然だ。  だが、このイベントの「周囲」や「ディテール」そして「語られなかったこと」には、やはり、冷静に検証する価値はある。そしてその検証からこそ「日本会議」の姿が見えてくる。ちょうど、冷戦時代では、東側諸国における党大会の内容よりもむしろ席次や発言順位からこそ、権力構造の変化を読み取れたように。

君が代斉唱で生まれた「グルーブ感」

 大会は予定どおり14:00きっかりに始まった。各種教団からの大量動員人員が皆、時間までに端整に座っている。なんの熱狂も興奮もない。  司会挨拶の後、国歌斉唱に進む。二時間ほどの大会の中で(※) 、この国歌斉唱は「会場全体の一体感」が生まれた数少ない瞬間の一つだった。適切な言葉でないかも知れぬが、「グルーブ感」さえある。  この「国歌斉唱におけるグルーブ感の発生」こそが日本会議を理解するカギを握る。一口に「保守系」と言っても、動員対象となった各教団は、それぞれ掲げる政策目標も運動への温度感も違う。皇室崇敬に重きを置かない教団もあれば、教育勅語にしか興味のない教団もある。さらには、改憲を至上命題としない教団すら存在する。すべての教団が従来の「保守」や「右翼」といった範疇に入るわけではない。そんな多種多様な人々が「なんとなく保守ぽい」という極めて曖昧な共通項だけでゆるやかに同居しているのが「日本会議」だとも言える。そして「国歌斉唱」は「なんとなく保守ぽい」だけで集まる人々を束ねる数少ない要素の一つなのだ。

「9条遵守」と「朝日新聞」と

 国歌斉唱の他に、会場の一体感が生まれた瞬間があと二つだけある。 「日本国憲法を作った国・アメリカ出身です」と自己紹介したケント・ギルバートが「(9条を堅持するのは)怪しい新興宗教の教義です」と発言した瞬間と、改憲プロパガンダ映画のプロデューサーだという百田尚樹が「(日本人の目をくらますのは)朝日新聞、あ、言ってしまった」と発言した瞬間だ。

いわゆる「APAの懸賞論文」、第8回「真の近現代史観」懸賞論文で、最優秀藤誠志賞を受賞したケント・ギルバート

 ケント・ギルバートの発言は、彼がモルモン教の宣教師として来日したことや当該発言が崇教真光や霊友会や仏所護念の動員によって占められる聴衆に向かって発せられたことを考えると、「2015年おまえがいうな大賞」でも授与したいところだ。百田尚樹の発言も「まだそのネタで飯食おうとしてるの?」と哀れみを持って接するべき性格のものでしかない。  しかしながら、ここで会場の一体感が生まれたことには注目に値するだろう。  ケント・ギルバートの発言も、百田尚樹の発言も「9条遵守派」や「朝日新聞」という「なんとなくリベラルっぽい」とされる(真偽のほどはさておき)ものを揶揄の対象としている。そしてその発言の瞬間にこそ、国歌斉唱のときと同じ、一体感が生まれた。利害関係の大幅に異なる各教団や団体の連帯を生むものは、この「国歌斉唱」と「リベラル揶揄」しかないのだ。一昔前に掃いて捨てるほどいた、小林よしのりを読んで何かに目覚めた中学生たちと、大差ない。  しかしこの実に幼稚な糾合点が、日本会議事務方の手にかかると、見事に「圧力装置」として機能しだす。  日本会議事務方が行っているのは、「国歌斉唱」と「リベラル揶揄」という極めて幼稚な糾合点を軸に「なんとなく保守っぽい」有象無象の各種教団・各種団体を取りまとめ、「数」として顕在化させ、その「数」を見事にコントロールする管理能力を誇示し、政治に対する圧力に変えていく作業なのだ。  個々の構成員は高齢でそのくせ考えが幼稚でかつ多種多様かもしれぬが、これを束ねる事務方は、極めて優秀だ。この事務方の優秀さが、自民党の背中を押し改憲の道へ突き進ませているものの正体なのだろう。  次章「語られなかった9条改正」では、9条改正ではなく「何が」語られたかによって明らかになる、彼らはどのような集団と連携しているのかについて検証する。 (※) 大会終了時刻は、筆者の時計で16:03。政治家や経営者など話が長くわがままな人士のスピーチが続く大会であるにもかかわらず、きっちり予定時間内に収めている。これも日本会議界隈の事務処理能力の高さを物語るエピソードだろう。 <取材・文/菅野完(Twitter ID:@noiehoie) 撮影/我妻慶一 菅野完>
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