【タイ爆弾テロ】今までの政情不安とはまた違った影響が残っているバンコク

テロ後、商業施設などでは所持品検査が強化された。写真は地下鉄駅入り口

 先月8月17日夜、外国人観光客が多いバンコクの一角で爆発が起こり、外国人観光客を含めて20人が死亡、日本人1人を含む120人以上が負傷した事件が起こった。事件から2週間が過ぎた9月1日、カンボジア国境付近で主犯とされる男性が逮捕された。  しかし、タイ人を始め、在住外国人の不安はまだ拭えないままでいるのが現状だ。  ちょうど犯人が逮捕された9月1日、事件現場に足を運ぶと、いまだに付近を歩く人の姿はかなり少なかった。現場のエラワン祠は商売繁盛などに効果のあるパワースポットであるとされ、連日タイ人よりも中国人のほうが多かったが、今はその姿はほとんど見かけない。  そして、この地域だけでなく、バンコク全体的に飲食店で客が激減している。タイ人向けのパブ・レストラン店員は首を傾げる。 「爆弾事件の影響で、タイ人はみんな恐がって外に出なくなった。これまでの大きな事件でもそんなことはなかったのに」
タイ・バンコク

渋滞で知られるタイ・バンコクにおいて夕方18時の時点でこの地域の交通量がこれだけ少ないのは、やはり事件の影響があるのだろう

 2006年からタイは政情不安が続き、これまでに何度も夜間外出禁止令が発令されたが、実際に警察が取り締まりを強化して夜が静かになったのは2010年の反政府デモ隊の暴徒化後や、2014年5月の軍事クーデター直後の数日間くらいだった。 「夜間外出禁止令が出ていないにもかかわらず、夜の街はだいぶ静かになっている。自主的に外出を控えている様子だ。犯人逮捕の報道がある中においても、バンコクの人々は不安を拭えないでいるので、個人個人が警戒しているのかもしれない」(前出の店員)  犯人は逮捕されたもののその動機や真相は本稿執筆時点ではいまだ明らかになっていない。  タイの街を歩けば、商業施設や地下鉄の入り口では荷物検査は確かに強化された。日本人も多いスクムビット通りのデパートでは事務員が駆り出されていた。 「人員が不足しているので、私たちも所持品検査に協力しています!」  誇らしげに言っているが、セキュリティーの経験などない女性事務員に爆弾をみつけられるとは到底思えない。そうなると、中国人観光客や華人の多いタイはどこもかしこもがターゲットになってしまう。そういったこともあって、外出するタイ人が減るという、これまでにはない傾向が見られるようになったのかもしれない。  結局まだこの事件の全貌が明らかになっていないのでどうなっていくのかが読めないため、不安だけが大きく膨らんでいるのだ。

諸説入り乱れるテロの動機

 現在の反政府派による犯行との説のほか、タイのイスラム教徒による犯行といった説もある。特にイスラム教徒による反抗説の中では中国人が多いスポットを狙ったことから、タイ政府が7月上旬にトルコ系イスラム教徒ウイグル族難民の一部を中国に強制送還したことへの報復説が有力だ。というのは、2006年から続く政情不安にタイ国民は疲弊しており、現在の軍政に近い暫定政権を概ね受け入れているところがあるので、反政府派ということは考えにくい。また、南部ムスリムの仕業というのも違和感がある。タイ南部のムスリムはマレー系で、バンコクのムスリムは中国やカンボジアなどがルーツになっており、同じイスラム教徒でありながら驚くほど南部問題に無関心だからだ。  イスラム教徒によるテロだとする説を後押しする背景に、事件現場となった場所でかつて起きたある事件の存在もある。事件があった現場のエラワン祠はヒンズー教式の祠で、イスラム教とは因縁のある場所でもある。2006年3月21日にイスラム教徒が祠を破壊し、その場で怒ったタイ人らに撲殺される事件があったのだ。  となると、確かにウイグル人強制送還の話がもっともらしく聞こえるのだが、確証を持った情報がなく、真相が犯人が捕まったばかりの執筆時現在はまだわかっていない。仮にこの説が正解であれば、またどこかで爆弾が炸裂するかもしれない。そうした不安がタイの国内に渦巻いているのだ。  タクシン首相時代にタイ南部でテロが起きるようになり、度重なる反政府集会もエラワン祠がある交差点で行われていた。さらに今回の爆弾テロ事件。今のタイのいろいろなことがここで繋がっている。このテロ事件がまたタイのなにかを変えてしまったのかもしれないと思うのは筆者だけだろうか。 <取材・文・撮影/高田胤臣(Twitter ID:@NaturalNENEAM)>
(Twitter ID:@NatureNENEAM) たかだたねおみ●タイ在住のライター。最新刊に『亜細亜熱帯怪談』(高田胤臣著・丸山ゴンザレス監修・晶文社)がある。他に『バンコクアソビ』(イースト・プレス)など
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